ばかりいる身の、とどいっしょに羽生村まで連れて逃げてくれという話になる。そのときお久「豊志賀さんが野倒死《のたれじに》をしてもお前さん私を連れて行きますか」と念を押すので「本当に連れていきます」、キッパリ答えると「ええ、お前さんという方は」たちまちこれが恐しい豊志賀の形相となって、大写しに。ワッと新吉はお久を突き倒して逃げ出し、大門町の勘蔵のところまで息せき切って駈け込んでくるのである。
と、どうだろう、この伯父のところへ大病人の豊志賀がやってきている、しかも豊志賀はいつもとちがい「お前とは年も違う」から「お前はお前で年頃の女房を持てば、私は妹だと思って月々たくさんは出来ないが、元の様に二両や三両ずつはすける積り」その代り看病だけはしてくれ、またもしものことあらば死水だけは取ってくれと次々に大へん分った話ばかりするのである。こうしおらしくでられると新吉はもちろん、つい私たちまでがホロリこの薄幸な中年女の上に同情の涙をそそがないわけにはゆかなくなってくる。でもこれが圓朝という大魔術師のとんだ幻術であるということ、もうすぐあなた方は心付かれるだろう。
間もなく豊志賀は町駕籠でかえること
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