がて深見新左衛門邸へは一年目の十二月二十日がめぐってくる。いやが上にも荒涼たる邸の中の、そこには奥方がひどいさしこみ[#「さしこみ」に傍点]で苦しんでいる。呼び入れた汚い按摩が揉みだすと、奥方の痛みはいよいよ烈しくなる。で新左衛門が自分のを揉ませてみると、なるほど、痛い。思わず痛いと殿様が呼ぶと「どうして貴方、まだ手の先で揉むのでございますから痛いといってもたかが知れておりますが、貴方のお脇差でこの左の肩から乳の処までこう斬り下げられました時の苦しみは」按摩がこういう。ハテナと見やると「恨めしそうに見えぬ眼を斑に開いて、こう乗り出した」盲人宗悦のすがたである。「己れ参ったか」、すぐ新左衛門は斬り付ける。ワッと相手は打ち倒れた。でも――気が付いてみると血まみれて倒れているは、なんの現在の奥方だった。ところでいま引用した「どうして貴方」以下は圓朝速記本に拠るものであるが、圓右の場合はもっと芝居めかして「まだ貴方、これほどの痛みじゃござりません、ちょうど去年の今月今夜、肩先かけて、乳の下まで」こういっていた。あるいは圓朝自身も芝居噺のときはこういう風に演っていたかもしれない。そのとき「エ」と
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