の得意とする裏長屋の神さんらしい調子で応酬してくる、てっきり[#「てっきり」に傍点]またどこかで丁半を争ってしまったものとひたすら泣いて口惜しがってはいるのである。そこへ「長兵衛さんとおっしゃる棟梁さんのお宅はこちらで」と旦那が訪れると「ええ何に棟梁でも何んでもねえんで」とうちの中で長兵衛自身術もなく棟梁を否定し、そのあと「へへへ、縮屋さんかえ」という呼吸――いかにもこうありそう[#「こうありそう」に傍点]ではないか。
 旦那きたり、昨夜の男きたり、晴天白日の身となった長兵衛の喜び、いや察するにあまりがある。このとき旦那の「私どもも随分|大火災《おおやけど》でもございますと、五十両百両と布施を出した事もありますが、一軒一分か二朱にしきゃァ当りませんで、それは名聞《みょうもん》」あなたのようなお方は「実に尊い神様のようなお方だ」と激賞したのち、金子《きんす》を返すと、そこは長兵衛江戸っ子の、いったんやったお金はいらないという。旦那のほうでもそれは困るから取ってくれという、あくまで長兵衛はいらないという、そのうち「だがね、どうも……だからよ、貰って置くから宜《い》いじゃねえか……」というと
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