様をひとつお拵えなすって」とオロオロ頼みだすのである。
 翌日、主人の命を受けて番頭はどこかへでていったが、やがてかえってきて何やら報告すると今度は主人が文七を供に、観音様へ参詣するが、吾妻橋へ掛かりました時に「ああ昨夜ここンとこで飛び込もうとしたかと思うとぞっとするね」と男にいわしめているのはさすがである[#「さすがである」に傍点]。いわずとしれた主人が吾妻橋を渡るのは本所達磨横丁の長兵衛宅へ。昨夜の礼に行こうとするのである。その直前に観音様へ参詣したは、愛するその奉公人の危難を免かれた御礼詣りだろう。どこ迄もこの旦那、よい人であることが、こうした動作ひとつで如実に分ってくるところ、繰り返すようだが凡手でない(どうして旦那に長兵衛の住所が分ったか、それはもう少しあとまで読者よ聞かないでいて貰いたい)。
 長兵衛宅を訪ねあてると、家内《なか》では昨夜から終夜《よっぴて》の大喧嘩である。無理もない、町ところもしらず名もしらぬ男に娘を売った大枚百両恵んでしまったというのだからお神さんの信用しないのも。「ふん、見兼ねて助ける風かえ、足を掬って放り込むほうだろう」とお神さん、さながらいま志ん生
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