の二度迄の繰り返しあって、是が非でも長兵衛、金を恵まねばならなくなってしまうのである、相変らずの用意周到の段取りとおもう。
 ここからここに百両持ってはいるが――と可愛い娘を売った謂れを涙まじりでひとくさり聞かすので、相手は「何う致しまして左様な金子は要りません」。
 ところがそういわれると長兵衛ほんとに金をやりたくなくなりそうになるので心を鬼に[#「ほんとに金をやりたくなくなりそうになるので心を鬼に」に傍点]、「人の親切を無にするのけえ」といいながら放りつけて往く。それ故にこそ長兵衛先方の名も聞かず、所も聞かず、相手もまたその通りなのである。
 打ち付けられた男のほうは「財布の中へ礫《つぶて》か何か入れて置いて、人の頭へ叩きつけて、ざまあ見やがれ、彼様《あんな》汚い形《なり》を為《し》」た奴がなんで百両持っているものかと「撫でて見ると訝しげな手障りだから」開けてみると正《まさ》しく百両。にわかにハッと影も形もなくなってしまっている後姿を両手合わせて拝むのである。圓馬はここでいっぺん懐中した財布をまた落としちゃ大変だと気がつくこころであわてて内懐中《うちぶところ》へ、初めて両手で拝んで
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