う。ほんとうに長兵衛との長いやりとりの間「なに宜しゅうございます」と「往らして下さいまし」とは何べんこの男の口から繰り返されることだろう。すでに死というものを覚悟し切ってしまっている姿と、みすぼらしい長兵衛の様子を見てこの人に何すがれるものかという軽蔑の心持とがまざまざそこから感じとられて、巧緻である。また長兵衛自身にしても場合が場合、助けたいのは山々であるが、さりとて他ならぬ金、遣わないですめばそれに越したことはないので、
「己もなくっちゃならねえ金だが、これをお前に……だが、何うか死なねえようにしてくんな、え、おう」
とこういいもするのである。このいい方もまたなかなか心理的でいいとおもう。最近谷崎潤一郎氏は「きのうきょう」の中で里見|※[#「弓+享」、第3水準1−84−22]《とん》氏の会話の妙をたたえて、「小説界の圓朝」といわれているが圓朝の巧さはまことこうしたところに尽きているとおもう。では「死なないように致しますから、お構いなく往らしって下さいまし」といい、安心して長兵衛が行こうとすると「また飛び込もうとする」、それを留めて戒め、また行こうとすると、また飛び込もうとする、こ
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