浪江である。金玉糖で季節を、またそれを好む重信の人となりを、併せて重信をしていよいよ磯貝を信用しないではおかないような口吻を――またしてもまた圓朝は一石三鳥の実をものの見事に挙げている。ことに「詰めて腐らん様に」とは何たる誠意ある言葉だろう。重信ならでも容易に信頼したくなるではないか、これは。
だからこそ浪江にいわれ、すぐに正介をいっしょにそこまでだしてもやるのである。すると牛込馬場下の小料理屋へ連れてきて浪江はふんだん[#「ふんだん」に傍点]に正介に飲ませる。揚句に人のいい正介へ言葉巧みに伯父甥になろうと持ちかけ、有無をいわさずその誓約をさせてしまう。余談に入るが、そのころの牛込馬場下はのて[#「のて」に傍点]の片田舎としてはかなり繁華な一部落であったらしい。かの堀部安兵衛武庸も八丁堀の浪宅から高田馬場へ駈け付けの途次、この馬場下の何とやらいう酒屋で兜酒を極めたとて震災前までその桝がのこっていたし、もちろん、これは大眉唾としても、少なくともこの安兵衛の講釈が創作された時代の馬場下に兜酒極められる家が存在していたのであることだけはハッキリといえよう。夏目漱石の『硝子戸の中』によれば漱
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