持ってきておいて、「皆様に御相談でござりますが、可愛い我が子を刺し殺そうとされました心持はどんなでござりましょうか、女というものは男と違いまして、気の優しいもので、こういう時にはいう事を聞きましょうか、それとも聞きませんものでしょうか、おきせの返事は明日申し上げましょう」云々。これでおきせの罪に至るの経路もまともに聞きまこと同情に値するものであることがよくよく聴衆に肯かれるし、心から圓朝またこの弱いおんなへ温かい涙をふりそそいでやっているではないか。しかもそうしておいて、「おきせの返事は明日」とヒョイと肩を透かしてスーッと高座を下りていってしまったのである。しばし寄席、ドーッと感嘆と興奮のどよめき[#「どよめき」に傍点]が湧き起って、鳴りも止まなかったろう光景が察するに難しくない。絶技である、まことに。
 いよいよ悪計を胸に高田南蔵院を訪れる磯貝浪江には、「天地金の平骨の扇へ何か画が書いてある」ものを圓朝使わせている。この扇ひとつでも何かその人らしい色悪《いろあく》らしい姿が浮かび上がってくるから妙である。さらに「先生は下戸でいらっしゃるから、金玉糖を詰めて腐らん様に致して」持ってきた
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