図らんやその「先の奴が痛い」錆槍で現在主人の横腹をブスとえぐってしまったのである。結果として孝助の心の苦悶は倍加されてくるし、しかもいま何もかも相分ってしまってみると昼間主人のいった「先の奴が痛い」こそおよそ、深刻悲痛である。錆槍ひとつがじつに二重三重いろいろさまざまに心理的な働きをしているといわねばならない。
慟哭する孝助を叱って手負いの主人は養子先の相川家へ逃がしてやる、そのとき他日、お国源次郎を我が仇として討ち果たしてくれと遺言する。心ならずも孝助は立ち退いていって粗忽者《そこつもの》の養父相川新五兵衛に逐一を物語る。ここでも依然粗忽者の性格は言葉のはしばしに遺憾なく、表わされているが、人違いして飯島を突いたと聞いて「なぜ源次郎と声を掛けて突かないのだ」というところは岡本綺堂先生の『寄席と芝居と』に拠ると「息もつけぬ程に面白い」よしである。
「文字に書けば唯一句であるが、その一句のうちに、一方には一大事|出来《しゅったい》に驚き一方には孝助の不注意を責め、また一方には孝助を愛しているという、三様の意味がはっきりと表れて、新五兵衛という老武士の風貌を躍如たらしめる所など、その息の
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