ある、でも共に見ン事その初一念貫きとおした点では両者同一に賞められてよかろう。そこで平左衛門がどうしてさまで[#「さまで」に傍点]武家奉公がしたいと訊ねる、ハイ剣術を習って親の仇が、してその親とは……とこう問い問われてきてはじめて黒川孝蔵の遺児《わすれがたみ》たることが分る段取りにはなるのである。少し話が前後してしまったけれど。
 一方想いに耐え兼ねた新三郎は船を仕立てて柳島の寮ちかく漕ぎ寄せさせる、そして首尾好くお露にめぐりあい、語らっているとお露の父平左衛門に発見《みつけ》られ、あわや一刀両断の処置にあわんとして南柯《なんか》の夢さめる、何事もなく身は船中に転寝《うたたね》していたのであるが、「飯島の娘と夢のうちにて取り交わした」香箱の蓋はまさしく手にのこっている。ここらの怪奇も生々としていて、冴えている。さらにその香箱が「秋野に虫の模様」であるのはいよいよ凄味があってよいではないか。
 それからまたひと月経った六月の末、志丈は久々で新三郎を訪ねてきてお露様がお前に焦れ死んだとつたえる、しかもあくまでオッチョコチョイにできている志丈、喋るだけ喋ると寺も何もいわないでアタフタかえって
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