がこんな具合に列ねてある。なんだか、字づらをみつめてゐると、わかい日読んだ鏡花つくるの一齣のやうだ。
 遠い明治の春のお彼岸――谷中の果ての菩提寺へ年寄に手をひかれていつたら、庫裏からつゞく茶畑にそつて、芝居にありさうな籔畳のかげには、風船あられの工場があつた。――スペンサーが東京開化の碧い空を飛んで以来、お成街道にでき上つた風船あられ屋の工場だと云ふ。
 袋一ぱい購つてもらつた風船あられは、淡雪のやうに甘かつた。
 ――彼岸の陽ざしを追ふころになると、ぼくは「風船あられ」のあはれをおもふ……。
[#地から1字上げ](昭和十一年春)

 梅若忌

 梅若忌、三月十五日。
 その季節のことを書けと云はれて、俄におもひ泛べられて来るかずかずをばメモのやうに書き付けて見る、ほんのなんの、取り止めもなく。
 梅若丸の塚のあるお寺は、梅柳山木母寺。誰が命名《なづ》けけん、梅柳山とは。
 哀れに美しきこの呼名かな。
 川柳点には、
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三囲《みめぐり》のあたりからもうぶちのめし
[#ここで字下げ終わり]
 また、
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梅若は旅陰間《たびかげま》にはいやと云ふ
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