り主《あるじ》留守
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 この間、橋場へ宇野信夫君を訪れたときの句である。偶々、不在だつたので、程ちかい永伝寺に久々で増田龍雨さんの墓を掃ひ、一つこれから白昼の吉原でも抜けて見ようと、山谷の電車通りの方へボンヤリ歩みをはこんでゐたときだつた。だしぬけに横丁から荷を担いだ金魚売がでて来た。いくつも/\のギヤマンの鉢の中には、大きい小さい緋《あか》い白い薄紅いいろいろの金魚が揺れて泳いでゐたが、とりわけ私の目を魅いたは、一ばん立派な鉢の中の無気味に大きな支那金魚二尾黒蝶のやうないろのと、香橙いろへ一めんの黒斑のあるのと、ポコンと飛びだした目玉をそのまゝ、ヂツと眠つたやうに浮いてゐるそのすがただつた。芳虎あたりの横浜紅毛館洋妾の図の点景には、さしづめこんなギヤマンへこんな支那金魚があしらはれてゐるにちがひない。
 それにしても、未だ藤の花の句を詠んでゐる四月半にもうめぐりあふとは蓋し私にとつては今年はじめての、街上相見えた金魚売である。
 人蔘いろに群れてゐる目高。王者のやうに鰭垂れてゐる蘭鋳、緋鯉。緋鮒。むらさきの花ひらくぽてれん草。モヤ/\と薄緑の金魚藻。小豆いろし
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