とここで一と呼吸。
 暫く闇に、相手を見据ゑて、ぢやないかと云ふ可きだらう。だが、ハッキリいとしいひとの声音にふれた十六夜の方は、言下に、いやその言葉の終るをさへ待たで、清心さまとすがり付く可し」
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 また、

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「入谷の寮のかの新造二人、一人はなか/\おちついてゐるをんなにて、いまの鳴子の音は雪のやうではないと云ふところしづかに喋れど、もう一人の方はただ気のいい許りのをんなとてではもしや直はんが……と思はず甲高声で云ひ、忽ち朋輩よりたしなめられる。ほんの端役のこの二人も、斯の如くちやんと性格はあるものぞかし」
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 もうひとつまた、

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「その直侍が、新造の名を呼ぶ。千代春さんか、と。たしかに稽古本にはさう書いてあれど、千代春さんかと発音しては堅気になる。さんのさは「ら」と発音せよ。「千代春らんか」即ちこれにて随分鉄火なやくざものには聞ゆる可し」
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[#地から1字上げ](昭和十七年二、一五、大雪の日)

 金魚売

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 浅草橋
棚の藤咲きゐたりけ
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