ジルバー
  右 固くお断り申し上げます」
 と貼り紙がされている。いずれもアプレゲールのえげつないダンスゆえ、遊里のホールたるここでは、せめてエチケットとしてダンスだけは上品なものばかりを踊ってほしいのだと原さんが言った。ホールは毎晩八時限りで、それ以上やっていると、ダンス以外の遊客に支障を生じるからだともまたさらに原さんはつけ加えた。
 いくつかの曲が終わって、場内が急に明るくなり、ダンサーたちは花の散るように四散していった。終了時刻の午後八時がきたのである。
「先生の好きだとおっしゃる女性は見つかりませんか」
 童顔のA氏が、その時訊ねた。
「見つかりません」
 私は言った。
「じゃあ、もうひかされちゃったんですよ」
 童顔をほころばせてA氏は大きく笑った。S氏もともに笑った。私も笑った。
 その笑い声をよそに宮尾画伯一人、熱心にスケッチブックへ鉛筆を走らせている。

    二

 精工舎の寮をそのままつかっている東京パレスの五棟は、昼は元より、夜目にも殺風景でないとはいえないが、一歩、場内へ入るがいなや、階上階下の片側に打ち続く小奇麗な茶房。
 たいてい一軒に三人ずつのダンサ
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