徒刑囚特赦減刑人
猿猴小僧事
明治噂白浪三羽烏一人
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本名 市村栄次郎
旧福井県士族当四十七年
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とこう書いてあって(明治白浪の三羽烏とは、他に鼬《いたち》小僧や雷小僧などが数えられるのだろうか)そのあと明治十六年には、京都の某貴族邸から二葉の鏡を盗み出して捕縛、翌十七年京都監獄を放火脱走、またまた北海道乗治監へ護送後も石狩川に架設の三百二十有余間の電線を伝わって逃亡した等々、仔細にその罪状が極めて猟奇的な筆致で紹介されている。
高座から桟敷へ。針金張りめぐらして身も軽く渡ってのける、太郎の監獄破りの離れわざは、なるほど、この猿猴栄次を宗としたものにちがいない。
同じ時、長谷川先生のおたよりの中には、またもう一ついかにも日本太郎らしい逸話が書かれてあった。
それは、今の「東京新聞」、その頃の「都新聞」の演芸部へ、一日、談判があると言って例の柔道着には握り太の桜の洋杖で、太郎、堂々と乗り込んできた。
須田栄君が応待に出ると、いきなり懐中から短刀を取り出して彼、ズケリと卓子の上へと置いた。
須田君もさすが
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