に奇癖があって常に手淫を好み、ために妻女をも離別したほどの常習者だったが、一夜彼以外まだ誰も到着していないある寄席の楽屋で、ムラムラと味な心持ちになり、厠《かわや》へ駆け込んでしまったら、とたんに前の出演者が一席おわって高座を下りてきた。が、柳丸の、ことのおわるまではどうすることもできないので、よんどころなく幕を下ろして、その間、賑やかにお囃子でつないでいた、という。そんな原因から幕を下ろし、囃し立てているのだとはつゆ知らないで、陽気な囃子の音色にボンヤリ聴き入っていたろうその晩のお客たちの顔を思うと、じつにおかしい。
もう一つある。京都の新京極のはずれにあった笑福亭という落語の寄席で、旧友K君。便意を催して厠に入っているうち、俄《にわか》に芸術を覚えだして、懐中からナイフを取り出すと、前面の板戸へ日頃得意とする男女愛欲図を、等身大に彫りはじめた。彫っているうちもう、落語なんかどうでもよくなったほど夢中になってきて、とうとう終演直前までかかってやっと彫り上げた由。K君は、名をいえばすぐ分かる詩壇の耆宿《きしゅく》で、今もいよいよ健在であるが、笑福亭の方はたしか戦争中の強制疎開でなくな
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