とその羽織の裏一面が巧緻な春宮秘戯図! ために、今までわずかしかつめらしい空気でありすぎたその一座が、たちまち満堂和気|靄々《あいあい》としてしまって、何ともいえないいい一夜のつどいになったという。あるいは、これも先代ゆずりの座敷におけるエチケットだったのかもしれないが、いかにも春團治らしい色の濃くながれている話ではないか。
 春宮秘戯図といえば、これは東京の話だが、昭和戦前までいた坊主頭で寸詰まりの愛嬌のある顔をした春風亭柳丸という爺さん、売り物はおよそ前代の漫芸ばかりで百まなこ、ひとり茶番、阿呆陀羅経には犬猫の物真似。猫の啼き声を演ったあとで「ちょいとニャーニャーにおぶうを呑ませまして」いと軽く高座の湯呑みを取り上げて自らの咽喉をうるおす呼吸が愉しかった。この人の明治味感は木村荘八画伯も[#「木村荘八画伯も」は底本では「木材荘八画伯も」]何かの随筆の中で讃えておられたと思う。彼柳丸には稚拙な笑い絵を描いては仲間に無料でくれてやる道楽があって、その一枚が警察の手へ入ったために大騒動、彼に絵をもらった落語家一同が参考人としてみんな呼び出されたという騒ぎもあった。この老芸人にはさらにさら
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