朝食(正午)は客の帰ったあと、ともに一堂に会して、すます。
 ダンサーたちの中には配給券のないものもあるが、一日の食費が六十五円で、朝が味噌汁、佃煮、漬け物。昼(三時)がトーストパンまたはうどん。晩(七時)が魚フライとかカレーライスなど、もちろんこれはパレス側のやや負担の由であるが、口の奢っている彼女たちはその以外のお菜を買って食べることももちろんであるし、就寝直前の食事(いわゆるヒケめし)を食べるのも少なくない。何でも場内で間にあうゆえ、外来の業者はもっぱら魚屋、――庭球部あり、芸能(長唄・舞踊)部あり。まずまずこれでは、自由平明、少しも暗い影のささない生活といってよかろう。
 整った医務室も見た。薬の匂いのする生暖かい洗浄室へも案内された。
 五十人の業者は、パレスの中にそれぞれの屋号を持っていて、原さんのは都川。他も、千歳、千草、春廼家《はるのや》と日本風の名が多いが、まれには銀サロンなどというのもある由。
 お客でかよった荷風先生は別として、作家で東京パレスへ交渉を持ったものは、ここに取材の随筆を書かれた坂口安吾さん、ダンサー諸嬢の座談会を司会された玉川一郎さんについでは、私で
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