か路地へ一瞬にして消えてしまふのだから、元々足場の悪い、屋根で揚げる凧は、切れたら最後と、いつも一期一会の張り切つた気組みだつた。
その自慢の巻骨がびゆうびゆう電線を吹き鳴らす寒風の中を、青空高く揚つて、だまを出し切つて、もうよく見えなくなつた八幡太郎の三人立ちなんかゞチンと冲天に澄んだ時に、凧はその長い二本の尾を、すいすいと静かに空中に垂らすのである。――こんな時には実際、助六のいひ草に安房上総が浮絵のやうに見えるといふけれども正にそんな溜飲の下がる心持がするので、ぼくの凧の天から微かにすいすいと垂らした細い二本の尻尾の真下に、くつきりと回向院の黒い大屋根があつて、角力ののぼりが何本もそのあたりに五色にかたまつて小さく見え、太鼓の櫓組がこれも小さくその傍らに見えるわけである。
回向院といへば昔は必ず沢山の鳩がゐたものであつたが、角力場の当時晴天十日といつた、コモと、丸太と、よしずと、綱の小屋がけには、木戸々々に板のわたりが地面に並べられて、しかしそれも芝居のやうには整然とせず、ぞんきに渡された、相当そこら中ぬかるみのある、ぎつくんばつたんする中を、たつつけを履いた細い足の茶屋のも
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