のが右往左往するし、のぼりは太いズンドの竹を荒繩であしらつてそこから高くそびえ、風にギーグーギーグー鳴りながら、はためいてゐる。丁度上等な昆布のやうな昔の純綿の幟りがばたばた、生きてゐるのである。
 そんな音や風景の中に矢張り角力場は鳩がゐて、鳩もまた負けずにばたばた羽ばたいた記憶をもつてゐるのだが――近頃は鳩達もどうなつたかしらん。
 回向院の本堂のわきには相当大きな黒い石で仏足石があつたやうにおぼえてゐる。――しかしこれはあるひは深川の浄心寺と記憶を混同してゐるかもしれないが、この石は表面がすべすべとして平らで、日が当ると、ホカホカしてとても温かつた――本堂までの正面見つきにはシヤモ屋のぼうずの通りからまつすぐずつと一列に石が敷いてあつて、からかねの露仏が左右一対に並び、本堂から回廊を渡つて、その先きが庫裡、その裏が墓場になつてゐた。向つて左手の露仏の片わきにはいつも真新しく太い立派な塔婆が立つて、そこに吊鐘が竹矢来の中に安置してあつたものである。――その辺が元は一帯に空地だつたのを国技館の敷地にしたものと思ふ。
 今年(昭和十四年)春場所の初日(一月十二日)に、今いふ回向院の「正
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