の大屋根へ上つて揚げるのであるが、若し風が西で、吉川町からまつすぐ元柳町一帯の屋根々々を吹き越して回向院の方角へ向つてくれゝば、ぼくの凧は人家稠密の日本橋区から先きの打展いた本所区(大川の方)へ向つて飛揚するから、絶好のコンディションである。風がさうでないと、少し揚つても、忽ち電線に引かゝるか、または横山町辺の問屋町の屋上にはどの家にでもある針金の角を生やした大きな鬼瓦や、邪魔な物干しや、火の見に尻尾をとられて、面くらつて切れてしまふ。
ぼくは須賀町で巻骨の三枚半以上の武者絵の凧を買ふことを好んでは、これに大形のウナリとガンギリを付けて、尻尾は三間たち切りといふのを確か大人に教はつたまゝいつもその定法通りとした。あたじけないことだが、この巻骨の気負ひの凧がそのころ一円二十銭かで、何でも一式で、二円五十銭かゝつたおぼえがある。子供の二両二分は三ヶ日のおふくろに貰つたお年玉と、おばあさんの分と、炭屋のをぢさんの分、足袋屋のをぢさんの分、先づざつとこれだけの正月のみいりをフイにする勘定であつた。風の具合が悪くて、ぶつつり切れゝば、虎の子の二両二分はそのまゝ不人情に風のまにまにどこかの屋根裏
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