ゐる。小柄でふくよかな、真白なからだだつた人である。小錦はからだに何一つよごれがないので有名だつたやうであるが、あの人を現在の恐らくは昔より強いに相違ない土俵の光りで見たならば、またどんなに美しい姿だらう。
力士の姿も変つて、栃木山あたりから一体に幕内のいゝところが太り肉といはうよりも痩せぎすの精悍な長身になつて来たやうだが、この長身の裸体は何となく足の部分が寂しいやうだ。玉錦が居なくなつて、いはゆる「錦絵からぬけ出したやうな」殊にあの土俵入りの見られないのは、物寂しいことである。
「光り」でもう一つおぼえのあるのは、いつのことだつたか、逆鉾が梅ヶ谷かだれかと取つた時に、彼がぐいぐいおされて土俵ぎはへ迫ると、全く上体を弓のやうに反らせて、そこで態勢を撓めた、とたんに、目のさめるやうにパツと場内へ燈りがはひつて、満場期せずして沸くやうな喝采を起した時のことである。逆鉾の隆々たる肩や腰は汗で光つてゐた。この瞬間の弓なりになつた逆鉾が、今も眼底に焼き付いてゐて、消えない。
この勝負はしかしそれから先どうなつたかおぼえてゐないが、ぼくはこれもいつのことだつたか、海山が常陸山を破つた騒ぎの時
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