つぺたをぴしやりと叩く癖があつて、おぼえてゐる。昔の角力の十日目はほとんどいゝところはだれも出ず、われわれは、十日目といふと必ず隊を組んで遊びに行つたのであつたが、町内の共睦会などといふ今でいへば隣組婦人会青年団の連中も、十日目が御しやう楽で、吉川町の吉村金兵衛さんといふ永年の月番が肝いりで、花いろに染めた手拭に壜詰を一本つけ、別にか・べ・す(菓子、弁当、寿司)のきめで、ぼくの家の女中達なども、場所へ繰り出したものだつた。わざわざ手拭を銀杏返しの首つ玉へ、やの字に巻いて行つたものである。落語に晴天十日の頃の角力小屋を扱つたまくらの中に、よしずから半分尻を出してゐる客があるのを場内の見回りが「何をなさる」と聞くと、「後架へ行く」「後架なら外へ行かずとこの中にある」といつて場内へ引き入れた。この手でよしずへ尻さへ突込んで待つてゐればたゞで角力へはひれたものだ……といふのがあるけれども、半ばウソではない。
 場内の光りなども昔と今ではどの位の相違があるだらう。昔は土俵を照らす光が白熱ガスのやうな白つぱげてボーボーするものだつたやうに記憶するが、ぼくは子供心に、昔の小錦といふ人の裸体をおぼえて
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