て木版刷の墨色のトギトギした番附を置いて行くことは申すまでもない。
ぼく達チビはまた、あの番附のヘンな字が、まだろくに本字も知りもしない中から、よく読めたものである。中に「申」とか「頂き」とかいふ名は日頃なじみの字なので、好感があつたものだ。その他、思ひ起す昔の角力の名は――子供のころ幾度も石盤へ書いたり消したりした名は――鳳凰、大戸平、源氏山、大蛇潟、不知火、北海、荒岩、大砲、鬼ヶ谷、鬼龍山、谷の音、国見山、稲川、緑島、伊勢ヶ浜、玉椿、浪の音……等々。太刀山、駒ヶ岳、両国……といつたやうなところはつい近頃のやうだ。あるひは紫雲龍であるとか、小常陸であるとか、稲瀬川、司天龍、黒瀬川、大鳴門等々。黒瀬や大鳴門は顔が好きだつた。丁度今の鯱の里がそんなものであらう。
大砲はわれわれはタイホーといふのに家の者達はオホヅツといふので、どつちが本当の名であるか、たうとう判然としなかつた。梅と常陸は常陸が完全のものゝやうな感じを与へ、一寸手が届かないと同時に、梅ヶ谷ではまた何か不足のやうなひいき心を起したものだつた。当り矢は禿頭の力士だつたと思ふ。また大崎といふ角力は土俵で息を合はせる前に一つ尻
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