間違ひになるまい。しかも実は世相風の滋味なり面白さはこれ等にこそ尽きまいものを。
 永井さんもその文章の中に路地を「屋根の無い勧工場の廊下」と書いてゐられた通り、ぼくは明治時代の路地の繁栄はそのまゝ、やがてそれが立体的に一つの建物にまとまれば百貨店になる、世態風俗の、商法的な先駆だと思つてゐる。各地の裏々を細長く賑やかに這ひまはつた路地の商品なり商法が、その貫祿を稍々大にすれば、上野や京橋筋に散兵線を敷いた「仲通り」的商法となるだらう。更にこれが一転して百貨店のブロックに一個所へ密集した時に、われわれは昔が無くなつたやうに考へ易かつたのは、実はそれはいはゆる発展的解消をこの立体ブロックへと仕遂げたに過ぎぬ現象だつたかもしれない。
 名所案内記等には、画文ともに成るべくそんな町なり、建物なり、従つてその生活の契機を捕まへたいものである。その意味でさすがに長谷川雪旦の「江戸名所図会」はよく描いてあるし、明治になつてから東陽堂版の「新撰東京名所図会」も、材料に対して忠実であつたから善本が出来上つた。その後に出来た絵本の名所案内の類は、概して即興写生風に、材料の体系を追はず、たゞデテールだけを
前へ 次へ
全28ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
木村 荘八 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング