丸十七年間生活してこゝでウキヨの風に当つた、第八支店いろは牛肉店といふ、飲食店なのであるが、絵の右端に遠くパースペクチブになつて消え込むところが両国橋、そのつき当りに大きく回向院の屋根が見えて、その並びの最右端にぽつんと尖つたものゝ見えるのが、港屋といふもゝんじ屋[#「もゝんじ屋」に傍点]だ。牛肉のみならず野獣肉一切を商つた店で、却々ハイカラにその三階が西洋館になつてゐた。ところが、このぽつんと高く尖つたハイカラの三階へ雷が落ちて、そこの老人がつんぼになつたといふことであつた。
 それが明治三十七年のことで、といふのが、ぼくの弟の誕生したのが同じ年、のみならずこの図の馬車の軌道並みにこれが始めて電車になつた年がまた同じなので、記憶がはつきりとするわけである。――ぼくはその時丁度十一歳であつたが、草色のわれわれガイテツと呼んだ電車(市街鉄道であらう)が通つた時には嬉しくて、殊にそれから毎日楽しみとなつた路上の遊戯は、そのガイテツに五寸釘をひかせることである。線路の上に載せた釘がガイテツにひかれると、忽ちぺしやんこになつて、手頃の光つた槍の穂先きが出来る。これを竹の先にすげておもちやにする
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