のは、そこの主人のチヨン髷を載せた頭である。云ひ替へれば、われわれ子供の頃には、まださうしたチヨン髷が、たつた一人にしても、商家の現役の店頭に坐つてゐたのを見ることが出来たといふことだ。げほうから二軒おいて先きの、われわれ「カミドコ」といつた、理髪店|勇床《いさみどこ》のおやぢは、芝居きちがひで、ぼくはこゝで初めてもみ上げを短かく剃られたチヤン苅りにされ、当分このアタマに拘泥したものだつた。
 これも同じトラ横町の外れに、柳湯といふ銭湯があつたけれども、こゝにぼくなんかの子供の時分――おふくろや女中と一緒に女湯へはひつてもよかつた時分、明確の記憶とはいへないけれども湯槽《ゆぶね》にじやくろ口がかゝつてゐたことを覚えてゐる。しかし銭湯の男湯の方の記憶は無いのは、男達と一緒にはおもての湯へ行かなかつたものと見える。
 この柳湯は芸妓達のよく行つた風呂で、日のくれる前に、その風呂帰りの芸妓達がピンと双方からびんに毛すぢ棒をさして頤から下を真白に塗り上げた顔をしながら、ぼくの家の前を通り通りするのを、いつも見たものだつた。
 トラ横町の記憶はそれからある角の神崎洋酒店の家の横面全面を使つた大き
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