筆の貫禄を備へてゐる。しかも前後十年とはかゝらぬ間のあれだけの仕事である。ぼくは前記の前がきの沈南蘋風な猫を見た前には、また岸田が晩年の酒席で一気呵成に描いたに相違ない六枚連作の大津絵を見たけれど――それが屏風に仕立てられてゐた――これ等は筆興の凜々たる良い作品だつた。
それと一番近頃見た「化けものづくし」のこれも酔筆がなかなか良いものである。若し批評風にいふことを許して貰ふとすれば、却つて筆路をつゝしんで描いた唐画風の静物などには、少々気魄の小づんだ、固い仕事があると思ふ。半折の上から下へと果物を一気に描下ろしたものだとか、児童喜戯の独特なモティフを自在に扱つた小点もの、あるひは興のまにまに描いたと思はれる色紙などには、渾然として美しいものがある。筆路を慎重に運んだ唐画風のモティフの猫などにも、その良く行つた作には、明清の仕事ではとても及ばぬ、古格を湛へた善品が少くない。概して岸田は材料には凝らなかつた。凝る迄にはまだ画式を整備しない間に早くも逝つたとしてもよいのかも知れないが、かなりそこに有りあはせの紙に画き、絵具などさう喧しくは選まなかつた跡がある。――岩絵具に手を染めなかつた
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