れぞ命をかけた真摯のもので、南蘋から明清の文人画に入り――※[#「りっしんべん+軍」、第4水準2−12−56]南田の、これもたちの良くない一作を入れて、忽ち放したこともあつた――元明の花鳥に入り、殆んど同時に一方浮世絵版画に入り、進んでその肉筆ものに驀進し、これ等の過程をその都度親しく見てゐたぼくからいへば、彼は古人の画幅をあさり出すや、恰も滝が落ち口を見付けてどつと迸り下るやうな、その勢すさまじいものがあつた。彼は古人の遺業を通じてそこに展開される一幅々々づつの美の舞台面にわれを忘れて眺め入り、陶酔したのである。
 そして酔ふては、祥瑞の陶器を手に入れゝば、たちどころに祥瑞文様の絵が彼に生れたし、丹絵は彼に丹絵風の表現をさせ、それから元明画風の花卉静物を好んで作り、初期浮世絵風の画境を出現した。最後に初期浮世絵の屏風の人物達は、岸田劉生その人を遂に屏風の山へ引入れて了つて、彼に絵を描かせるよりも、酒を飲ませる生活が始まつた。
 ――ぼくはこれも亦岸田の非凡な美術魂が敢てさせるところと、故人に敬意を表するに吝でない。美術の行くところとあればどんな細道へも彼は水のやうにしのび込んで、憑か
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