ばそこから岸田の血の出る程、彼の身についた教養の意味で、学んで容易く得られるものでなく、突差に化けものを九つまで描いて、十はかかずに、番町皿屋敷を利かせる(これはぼくの推定であるが、さうに相違ない)なども、岸田の一つの血である、この化けもの九体のうち、窓からのぞく化けもの、つきぢ河岸の河太郎、てんが茶屋の笑ひ地蔵、破れ三味線の化けもの、この四つ以外のものは、悉く今そこへ初めて生れたばかりの独創満々たる、生きた化けものである。――岸田のその時の頭具合でなしには絶対に世の中へ化けて出る手だてのない、新鮮な化けもの達である。――この「化けもの達」といふ字を「美」と替へても、質の同じ意義では、岸田の張り切つた仕事の場合を説明せんに、丁度これが良い手がかりだといふ意味で、ぼくはいふ。
 恐らくその瓢々亭の席にそろそろ料理が乏しくなつた頃ほひ、このいたづら描きが始まつたのだらう。そこで第一の誰も今迄に夢想だにしたことの無い奇抜な怪物が現はれる。同じ天下茶屋の住人だつた高見沢遠治はおほだんだつたか、それともそんな話でもその席であつたか、これがまた高見沢遠治の口をとんがらかした似顔で現はれてゐるのは、
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