な、杉山と同じ位な、いけない女ぢや無いだらうか。だからこそ、杉山が私にどこまでも、附きまとつて来るんぢや無いだらうか。――それに、杉山だつて、二言目には金々と言つてゐるんだけど、心の底では少しは私のことを本当に思つてゐるんぢや無いだらうか。―――さう思つたのよ。――さう思ふと、私には、自分の正体がハツキリ解つた様な気がしたの。私はやつぱり、いくら一生懸命になつて、いゝ人間にならうとしても、駄目だ。町田さんといつまでも一緒に居《いら》れる様に立派な女にならうと思つても駄目。――やつぱり、此処に、元の巣に戻つて来る女なんだわ。それが一番自分の性に合つてゐるのよ。さう思つたら私、悲しくつて悲しくつて――。(間)そこへ四五日前から杉山が宿《とま》り込みでゆするのよ。あゝ言へば、かう言ふし、どんな事をしても出て行かないの。私、何もかもわからなくなつたんだわ。――杉山も町田さんも居なくなつたチヨツとの間に出て来たわ。――ねえ、秋ちやん、私、これからどうしたらいゝの?
お秋 ――。
初子 言つて頂戴。私、秋ちやんの言ふ通りにするわ。どんな事でも秋ちやんの言ふ通りになるわ。言つて頂戴――。大川に身を投げなかつたのも、命が惜しくなつたためぢや無いのよ。秋ちやんや沢ちやんに一目逢ひたかつたんだわ。
お秋 初ちやん。――私にもわからないわ。
初子 そんな事言はないで、言つて頂戴。私、秋ちやんの言ふ通りにするから。言つて頂戴。
お秋 又、泣くの?
初子 泣いちやゐないわ。ね、頼むから。
お秋 私にばかり、そんな事言はないで、初ちやん、お前さん、お前さんは、どうしようと思つてゐるの?
初子 それが解らないから、お頼みしてゐるのよ。ねえ、私、どうすればいゝの?
お秋 (振切る様に、少し邪慳《じやけん》に)そんな、そんな、私が神様ぢやあるまいし、私にだつてわかりやしないのよ。
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間。
[#ここで字下げ終わり]
弟 (三畳に坐つたまゝ)姉さん!――姉さん!
お秋 恵ちやん、お前は黙つておいで!
弟 ――だから俺は言つたんだ。奴等はみんなを玩具にしやがるんだ。玩具にしやがるんだ。玩具にしたあげくに、おつぽり出しやがるんだ。みんなを、どうにでも出来るもんだと思ひ込んでゐやがるんだ。畜生が! 畜生が!
お秋 黙つておいでと言つたら!
弟 だつてさうぢや無いか! 此方《こつち》が命がけになつてゐるのに、向ふはどうして命がけにならないんだ。畜生! 俺の眼が開いてゐたら、俺の眼が開いてゐたら! 阪井さん! 阪井さん! 阪井さん!
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阪井は何とも返事をしない。
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お秋 お黙りと言つたら黙らないの? 小供はこんな事考へなくていゝんだよ。
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短い間。
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初子 ――(突伏してゐる)秋ちやん、――私はみじめだわねえ。――私達はみじめだわねえ。ほんとに――。秋ちやん、それからね、私、もう唯の身体ぢや無いのよ。
お秋 え?
初子 来年の四月――四月には――。だけど、それが――。
お秋 ――?
初子 それが、秋ちやん、――私にもわからないのよ。――あさましいわ。
お秋 ――?
初子 本当に、あさましい――。
お秋 何がさ? どうしてなの?
初子 私、恥かしい。――だつて私にはどうする事も出来ないんだもの。仕方が無かつたんだもの。――杉山がおどかして、無理に、たうとう――。
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間。
[#ここで字下げ終わり]
弟 (顔と手を見物席の方へ突き出してわめく)畜生め! そいつだけぢや無いんだぞ! お前達の子だ! そこにゐる一人々々のお前達の子だ! お前達の責任だ! 見ろ、お前達は、みんなして、こんな所に、こんな隅つこに、親父のわからない子供を生みつけるんだ。そして知らん顔をして見てゐるんだ。知らん顔をして見てゐるんだ。――あさましいのは此方ぢや無いんだ。あさましいのはお前達だ。お前達が恥知らずで畜生だから、こんなことになるんだ! 阪井さん! 阪井さん! どうかしてくれ! なぜ黙つてゐるの、阪井さん、どうかしてくれ! ち、ち畜生めが!(阪井は[#「(阪井は」は底本では「阪井は」]矢張動かないで坐つてゐる)
お秋 恵ちやん、お前子供のくせに何を言つてゐるの! お黙り。
弟 ――だつて、さうぢや無いか。杉山つて奴は畜生だけど、彼奴一人ぢや無いんだ。杉山の様な奴は、杉山のほかに沢山ゐるんだ。どれだけでも居るんだ。
お秋 黙つておいでつたら!(初子に)――それは町田さんのだわよ。
初子 えゝ、さうは思つてゐるんだけど――。
お秋 さう思つてゐなきやいけないわ。さうなんだもの――それで初ちやん、私の言ふ通りにするの?
初子 えゝ、――どんな事でも。
お秋 ――こゝに戻つて来ることでも?
初子 戻つてくるわ。もう私――。
お秋 そのまゝでも?
初子 えゝ。
お秋 子供が生れたら――さうなれば、いよ/\、誰の子かわからないのよ。
初子 ――しかたが無いわ。
お秋 生れたら、女の子だつたら、又、私達と同じ様な此処の女になるのよ。
初子 あきらめるわ。――仕方が無いんだもの。
お秋 きつと出来るのね?
初子 えゝ。――(泣く)
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間。
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弟 畜生! いつまで続くんだ! いつまで続くんだ! いつになつたら、おしまひになるんだ! 何のためにこんなに、おしまひにならないんだ!
お秋 あ!(耳を澄ます。階下で男の声で何か怒鳴る音)
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お秋、立つて、出て行く――階段の足音。
間。
[#ここで字下げ終わり]
弟 (尚も坐つたまゝ)初ちやん! 初ちやん!
初子 ――(突伏してゐる)
弟 初ちやん、帰つて来たねえ。
初子 (頭を上げて)えゝ。――恵ちやん、眼はいゝの?
弟 初ちやん、お前、どうしてあの男を、杉山と言ふ男を、刺し殺してやらなかつたんだ。どうして刺し殺してやらなかつたんだ? どうして、黙つて――。
初子 恵ちやん、怒らないで頂戴。私がいけない女なのよ。いくぢの無い女なんだわ。
弟 だつて、悪いなあ、初ちやんぢや無いんだ。奴等が間違つてゐるんだ。――俺にもハツキリとはわからないんだけど、だけど、悪いなあ奴等なんだ。奴等が悪いんだ。おぼえてゐるがいゝんだ。明日になつたら、あさつてになつたら、その次の日になつたら、又その次の日になつたら、その時にや、――どうするかおぼえてゐるがいゝんだ。
初子 沢ちやんはどうしてゐるの?
弟 まだ寝てゐる。まだ寝てゐる。くたびれてゐるんだよ。
初子 病気だつてね?
弟 病気だ。――あたりまへだ。病気になるなあ、あたりまへだ。こゝに居れば――。(足音――お秋が入つて来る)
お秋 初ちやん。
初子 誰か来たの?
お秋 杉山が来てゐるわ。
初子 一人で?
お秋 さうだわ。
初子 そして、どうだつて言ふの?
お秋 お前さん、私の言ふ通りにするのね?
初子 えゝ、それは。
お秋 するわねえ?
初子 するわ。何でもするわ。
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お秋再び降りて行く。沢子入つて来る。
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初子 あゝ、沢ちやん!
沢子 初ちやん!
初子 あんた、病気だつて言ふぢや無いの。そんな、起きてもかまはないの?
沢子 なあに、いゝのよ。――私、先刻から、あんたが来てゐることは知つてゐたんだけど。――何でも聞いて知つてゐるわ。――あんたもいろ/\苦しいわねえ。
初子 生れついてゐるんだわねえ。どうせ、どうなつてもみじめな人間だわ。(間)秦さんまだ通つて来るの?
沢子 えゝ。――。
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間。足音――お秋と杉山が上つて来る。
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杉山 (言ひながら入つて来る)嘘をつきねえ。嘘だ。そんな馬鹿なことがあつてたまるか。そんな馬鹿な――(坐つてゐる初子をヂツと見る)
お秋 嘘だか本当だか、初ちやんに聞いて見ればいゝわ。
杉山 本当かい、おい?
初子 本当よ。
お秋 ね、見るがいゝ。そして、それはお前さんの子だわよ。
杉山 なにい?
お秋 それに違ひ無いのよ。それに違ひ無いと初ちやんが言つてゐるのよ。
杉山 何を言つてやがるんだ。町田がゐるぢや無いか。――そんな、おい、俺を甘く見て貰ふまいぜ。
お秋 お前さんは、そんなやくざ[#「やくざ」に傍点]だよ。自分のことを悪徒だと思つて、悪徒づらしたつて、私にやわかつてゐるんだよ。たゞ何でも無いやくざ[#「やくざ」に傍点]だよ。――人をおどしつけたり、嫌味を並べたりする外に何も出来ないんだ。――お前さんは以前から、資本家がどうのかうのつてえらさうな事を言つてゐるんだけど、それがどうしたの? さう言つてゐるお前さんが、全体何をしたの? 何をしてゐるの? お前さんは、やくざ[#「やくざ」に傍点]なんだよ。
杉山 何を言つてゐるんだ。俺はしようとさへ思へば何でも出来るんだ。たゞ、しないでゐるだけだ。――俺がやくざ[#「やくざ」に傍点]なら、手前達は、ど淫売だ。
[#ここから2字下げ]
間。
[#ここで字下げ終わり]
お秋 それがどうしたの? さうだよ。それでいゝぢやないか。――それがどうしたつて言ふの、これを見るがいゝ。(着物を脱いで裸にならうとする)
沢子 まあ、秋ちやん!
初子 秋ちやん!
お秋 見たきや見せてやるわ。私は淫売だよ。しかし、それをして自分で食つてゐるのよ。自分の身体で食つてゐるのよ。さうしなきや食へないからだわ。――それがどうしたつて言ふの?
弟 (三畳に坐つたまゝ)畜生が! 畜生が! ち、ち、ち、畜生が!
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杉山、どうしたのか、急にうなだれる。
[#ここで字下げ終わり]
お秋 何でも出来るんだつて、何が出来るの? 何がお前さんに出来るの?
杉山 (虚勢で)おゝ、何でも出来らあな。
お秋 ぢや、初ちやんのお腹の子は俺のだと言つてごらん。言つてごらん。
杉山 べらぼうめ、(力無く)そんな、そんな、ペテンにかゝつてたまるか。笑はせやがらあ。
お秋 ぢや、お前さんには、初ちやんを追かけ廻したりする資格は無いのよ。――それから町田さんをゆすつたりする資格は無いのよ。――そして、杉山さん、お前町田さんをどうしたの?
杉山 どうもしやしねえよ。
お秋 ――(間)杉山さん、(非常に真率に)お前さん、こんな事をしてゐて、本当に、恥かしくはないの? 何でも出来ると言つてゐる口の下から、初ちやんなどを追廻してゐるのを恥かしいとは思はないの?
杉山 ――何を言つてやがるんだ。
お秋 さうぢや無いの? お前さんには、する仕事と言つてはそれだけしきや無いの? ――ねえ、私達はこんな女なのよ。人が嫌つて後指を差す様な女なのよ。誰もまともには相手にして呉れない女なのよ。
杉山 それがどうしたつて言ふんだよ。
お秋 どうもしないんだけど、話をしてゐるんだわ。――そんな女なのよ。私だつて初ちやんだつて沢ちやんだつて、――それから外にも、まだどれだけでも沢山ゐるわ。そしてね、杉山さん、それは、私達がこんな女であるのは、私達が好きこのんでなつたんだと、お前さん思つてゐるの?――私達はこんなにならないで、外のどんな立派な人間にだつてなれてゐたのを、たゞ、私達が、自分でなりたがつたから、こんなになつたのだと思つてゐるの?(間)お前さんが、自分のする事もロク/\しないで、追廻して、いぢめてゐるのは、そんな女なのよ。そんな女だわ。――見たかつたら見せてあげるわ。疵《きず》だらけで、みじめで、弱い、自分の命を少しづつ切りきざんで、やつとの事で生きてゐる女だわ。――世間では私共のことを何とでも言ふがいゝのよ。――私は世間から、いろ/\世話をやかれて助けて貰ひたいとは思つてゐないわ。そんなこと言つてゐるんぢや無いのよ。私達がゐなくなれば、誰かが又私達になるんだもの。――私達はたゞくじ[#「くじ」に傍点]を引いただけよ。そして仕方が無いと思つてゐるのよ。――しかし杉山さん。私達はお前さんの敵《かたき》なの? お前さんは私達の敵
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