―ご覧なさい、何と書いてあるの、(読む)私はやつぱり浜の極道な女です。そんな女です。杉山はそれを知つてゐます。あなたは私のことを忘れて、お父さんの内へ帰つて下さい。――私には、初ちやんの気持がよくわかるわ。
町田 ぢや教へてくれ。僕はこれからどうしたらいゝんだ? 僕は自分がどんな事になつたつて、初子と別れては、――とても居れないんだ。
お秋 教へるつて、私にそんな事出来やしないわ。
町田 そんなこと言はないで、どうか頼むから、ね、お秋さん――。
お秋 あなたは、初ちやんを救つてやらうと思つてゐるわね。
町田 初めはさう思つてゐた。さう思つてゐると思つてゐた。――しかし今はさうぢや無いんだ。たゞ一緒に暮してゐたいんだ。それだけだ。(間)
お秋 ぢや、あんたも、どうしてもつと極道にならないの。初ちやんは自分のことを極道な女だつて書いてゐるのよ。さう思つてゐるのよ。――だつたら、あんたもどうして同じ様に極道な男になつてやらないの?
町田 え? どうも、秋ちやんの言ふ事は――。なるよ、そりや、なれと言はれりや、何にでもなる。だけど極道になると言ふと、僕、どうしたらいゝんだ?
お秋 いゝえ、そりや、どうするかうすると言ふ事ぢや無いわ。気持よ、気持のことよ。――一度地獄ん中におつこちた者は、神様の手ぢや上へ昇れないわ。地獄へ落ちた者同志で助け合つて、這ひ上る外に途は無いんだわ。――あんた、もつと、極道な気持にならなきや駄目だわ。もつと、もつと、悪徒《あくと》な、どぎつい気持にならなきや。
町田 ――。
お秋 わからないの? 私にはハツキリ言へないんだもの。――、ねえ、町田さん、かりに、あんたも初ちやんと同じ様な淫売だと考へてごらんなさい。そして初ちやんが好きで、どうしても一緒になりたいのよ。だのに邪魔者がゐて、どうしても、それが出来ないのよ。杉山がゐて邪魔するのよ。そしたら、あんた、どうするの? どんな事をするの?
町田 ――。
お秋 いつまでも杉山を恐がつて、ビクビクして隠れてばかり居るの?
町田 わかつた、お秋さん、わかつたよ。ボンヤリわかつた様な気がするよ。
お秋 さう。ぢや、それでいゝわ。しつかりするのよ。ぢやね、私、杉山さんを此処に呼んで来るから、話をするがいゝわ。真正面から、正直に、何も隠さないで話をするのよ。わかつて? どんな事があつても、初ちやんを取戻すつもりで、真正面から切つてやるのよ。
町田 あゝ、大丈夫だ。――だけど、それよりも、僕は初子の事が心配なんだ。あれは、もしかすると、――。
お秋 大丈夫。私が受合ふわ。人間は、そんなに簡単に死んだり出来るもんぢや無いわ。大丈夫だわよ。
[#ここから2字下げ]
二階へ去る。町田、神経的にその辺を歩き廻る。
間。
足音がして杉山とお秋が降りて来る。杉山と町田は顔を合せるが、無言。――杉山は落着いて煙草をふかしてゐる。――町田は立つたまゝ、手をブルブル顫はしてゐる。
間。
[#ここで字下げ終わり]
町田 ――杉山さん。
杉山 ――。
町田 ――僕は今更――。
[#ここから2字下げ]
間。
[#ここで字下げ終わり]
僕は今更、あなたに――。
杉山 なんだね?
[#ここから2字下げ]
間。
[#ここで字下げ終わり]
町田 ――初子がゐなくなつたんだ。
杉山 知つてるよ。
町田 それで、お願ひがあるんだ。
杉山 ――?
[#ここから2字下げ]
間。お秋は立つて二人を見ている。
[#ここで字下げ終わり]
町田 ――僕は初子に、惚れている。
杉山 (黙つてニヤリとする)
町田 だから、――お願ひがあるんだ。
杉山 変な事を言ふなよ。
町田 僕が惚れてゐることは、あんただつて知つてゐますね。
杉山 俺だつて、惚れてゐるよ。
[#ここから2字下げ]
永い間。
[#ここで字下げ終わり]
町田 しかし、あなたは、初子で無くても済むんだ。――初子は苦しがつてゐるんですよ。死ぬかもわからない――。
杉山 どうしたんだよ、それが?
町田 杉山さん、僕は一生恩に着る。恩に着るから、お願ひだ、私に初子をスツカリ下さい。お顔ひします。
[#ここから2字下げ]
間。
[#ここで字下げ終わり]
杉山 いやだと、俺が言つたら――。
お秋 杉山さん、お前さん――。
杉山 黙つてゐてくれ。俺はそんな男なんだ。
町田 ――無理にも僕に下さい。お願ひです。今更思ひ切らうとしても、出来ないんだから――。僕は、そのためなら、もう、命を投出してゐるんです。死んでもいゝんです。それに免じて――。
杉山 死んでもいゝ?
町田 えゝ、かまひません。
杉山 馬鹿言つてら。
町田 冗談ぢやありません。お願ひです。
杉山 本当だな? 死んでもいゝんだな?
町田 だから、初子の事を思ひ切つて下さい。
杉山 ぢや、外へ出たまい。一緒に外に出よう。外に出て話をつけようぢやないか。
町田 外へ? どうするんです?
杉山 外へ出て、二人で話を附けようと言ふんだよ。
[#ここから2字下げ]
町田、助けを乞ふ様に、お秋を見る。
お秋、黙つて表情を変へぬ。
[#ここで字下げ終わり]
杉山 出ようぢや無いか。
町田 えゝ、そりや、行きますけど――。
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再びお秋を見るが、お秋は黙つてゐる。
[#ここで字下げ終わり]
杉山 行けないのか?
町田 行きますよ。
[#ここから2字下げ]
杉山、扉を押して外に去る。町田も続いて消える。少し足がヨロヨロしてゐる。お秋、二人の去つた扉をヂツと見詰めてゐる、――間。
[#ここで字下げ終わり]
声 (二階の口から弟の)姉さん、姉さん、姉さん! 姉さん! 阪井さんは居ないぜ。
お秋 ――。
声 姉さん、何をしてゐるんだよ? まだ寝ないの? どこにゐるんだい、阪井さんは?
お秋 ――。
[#ここから2字下げ]
足音、弟が降りて来る。
[#ここで字下げ終わり]
弟 何をしてゐるの? 姉さん? 何処にゐるんだい?
お秋 恵ちやん、まだ寝ないのかい?
弟 姉さんこそ、何をしてゐるんだよ? 阪井さんは二階にはゐないぜ、此処に居るんだらう?
お秋 いゝえ、此処には居ないよ、どつか便所にでもゐるんだろ?(阪井動かない)
弟 はは、隠してら。はづかしいもんだから隠してら。
お秋 何を言つてるんだよ、子供のくせに。早く行つておやすみ。
弟 姉さんは?
お秋 (立上つて、扉を閉める)私も寝るよ。さあ、――沢ちやんは?
弟 沢ちやんは、何だか又下腹が痛いつて苦しがつてゐるよ。阪井さんは?
お秋 いけないねえ。ぢや、行つて見よう。阪井さんは二階の納戸《なんど》か便所だろ。心配しないでいゝよ。
[#ここから2字下げ]
弟の手を取つてやつて、一緒に階段を昇りながら、
[#ここで字下げ終わり]
それ、用心しないと、踏みはづすわよ。又、転げ落ちるわ、こないだの様に。いゝかい。
弟 大丈夫だつたら。――姉さんの手は今夜ひどく冷たいねえ。
[#ここから2字下げ]
二人階上に消える。阪井動かず。電燈だけ明るい。
間。
扉の外(舞台奥)に三四の足音。
[#ここで字下げ終わり]
声 おい開けてくれ! 開けてくれ! おかみさん、お秋ちやん! 開けてくれ! 阪井君を出してくれ。阪井君を迎へに来たんだ! 開けてくれ!(扉《ドア》を叩く音)
他の声 阪井、君が来てくれなきや、どうにもならねえんだ。君が来てくれなきや、俺達はおしまひだ。開けてくれ!(叩く音)おかみさん、秋んべ、おい、おい、おい!
[#ここから2字下げ]
阪井は動かないで立つてゐる。
[#ここで字下げ終わり]
女将 (奥で眠そうな声)はーい、どなた、どなた、もう寝ましたから、明日にして――。
声 何を言つてやがるんだ。そんな段ぢや無えや。早く開けてくれ。(扉を叩く音)
[#地から1字上げ]――幕――


(四)[#「(四)」は縦中横] お秋の室


[#ここから2字下げ]
六畳。(一)の沢子の室と同じ感じ。ただ(一)ではその左に三畳の間が続いてゐたのが、今度は右方にある。
朝。左手の窓から陽が差しこんでゐる。襖で立切つた三畳は矢張《やはり》薄暗い。そこに坐つて封筒を張つている弟の姿がボンヤリと見える。紙の音の断続。その側にヂツト正面を向いて坐つている阪井の姿。六畳の方にはお秋と初子が抱き合つて立つてゐる。初子は顔をお秋の肩に埋めて、すがり付く様にしてゐる。初子はたつた今、外から入つて来たらしい様子。少し取散した着物、断髪。短い間。
[#ここで字下げ終わり]

初子 ――秋ちやん。――秋ちやん。――あたし、帰つて来たわ。――あたしは、やつぱり、此処の人間だつたのよ。――此処の人間だつたのよ。――帰つて来たわ。
お秋 ――随分、心配してゐたのよ。馬鹿な真似でもしやあしないかと思つて、心配してゐたのよ。
初子 しようとまでしたんだけど、出来なかつたわ――戸崎の内《うち》まで行つたんだけど、内の前まで行つたんだけど、どうしても入れない。――そいで、大川へ出たの。――大川の縁で、それから桟橋の方でも一晩中ウロウロしてゐたの。――身を投げようと思つて、水のわきまで行つた――。それでも出来なかつたわ。――そして、帰つて来たわ。
お秋 ま、ま、いゝわ。いゝから、お坐り。
初子 えゝ、ありがと。えゝ、ありがと。
お秋 もう泣いちやいやだわよ。いゝの。
初子 泣かないわ。
お秋 さあ坐らない、ね。
[#ここから2字下げ]
二人坐る。
短い間。
[#ここで字下げ終わり]
一体どうしたつて言ふの?――私、ゆふべ、町田さんと杉山さんが見えたんでそりやビツクリしたのよ。だつて、まるで思ひもかけなかつたんだもの?
初子 え、二人が来てゐるの?
お秋 いゝえ、今、此処に居る訳ぢや無いわ。ゆうべ来て、二人とも初ちやんを戻して呉れつて言ふのよ。
初子 杉山さんは、匕首なんか持つてゐなかつた?
お秋 匕首? どうしたのさ? ぢや、そんな――。
初子 えゝ、それで、私達を以前から、おどしつけてゐたのよ。
お秋 さう、そんなに――。だけど、そんな事、何でもありやしないわ。子供だましだわ。
初子 えゝ、そりや、私だつて、今更、まさか小供ぢやあるまいし、そんな物、こわくも何ともありやしないんだけど――。それから、それ位のことで町田さんの家を出て来たんぢやないんだけど――。
お秋 どうしたのさ? あんな、――あんなにまで無理をして一緒になつた、あんた達がさ、――どうしてまた? ――。大体、町田さんから聞いたには聞いたんだけど――。
初子 あの人は可哀さうよ。実家とは私のためにあんな事になるし――。それに、あんな身体で夜まで働きに行くんだもの。――あたし、それを思ふと――。
お秋 ――だつて、そりや、好きな女と一緒に暮すために、町田さんが自分ですることだもの、あたりまへだわ。あたりまへとは言へないまでも、とにかく、それはそれでいゝぢやないの。――それつぱつちのために、初ちやんが、なにも――。
初子 えゝ、それは、そんな訳から私、出て来たんぢや無いわ。――あの人が可哀さうに思へたからつて、それだけぢや無いわ。それだけなら、私、飛び出したりしやしないわ。かへつて傍にゐるわ。――さうぢや無いわ。それよりも、杉山が、それこそ、しよつちう内へ来るの。どんなに引越しても、直ぐに捜し出してやつて来るの。まるで蛇よ。
お秋 えゝ、聞いた。
初子 そのたんびに、町田が苦労するの。私だつて、どんな嫌な目に逢つたか知れやしない。――しかし、それだけなら、いゝのよ。あれから、六ヶ月余りも、それを辛抱したんだけどそれだけなら、私、一生でも辛抱出来たんだわ。――しかし、私、考へたのよ。――私はもともと、さう、秋ちやんと同じ様な、沢ちやんと同じ様な女だわ。そんな女なんだわ。身を持ちくづした、仕様のない女だわ。――杉山が、私に、町田さんと一緒になつてからまでも、私に附きまとふのは、それは、勿論、杉山が仕方の無い悪《わる》で、金を取るためなのは解りきつてゐるんだけど、しかしねえ――。
お秋 ――。
初子 しかし。――私考へたわ。もしかすると、私だつて、同じ様
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