。(帯をしめ直す)――沢ちやん、あんた、あの、秦さんと何か約束でもしたんぢや無い?
沢子 いいえ、どうして?
お秋 なに、それなら、それでいゝんだけど。――さあこれでよしと。今晩はね、私、少し勇ましくやるからね、あんた、聞かない振りをしてゐて頂戴。(出て行く)
[#ここから2字下げ]
階下の酒場で、数人の人が酒を飲んで騒いでゐる物音。
遠くで、汽船の汽笛の響。
沢子は頭を枕に伏せてヂツとしてゐる。
同じ二階の何処かで二三人の人の足音。廊下のギチギチ鳴る音。
男の酔つた声と、お秋の声。
[#ここで字下げ終わり]
声 惚れて通へばつて言ふぢや無えか―な、な―横須賀くんだりから来たんだぜ――。
声 だからさ、うれしいと言つてゐるんぢや無いの――。
声 痛え! 畜生、その手だ。――その手でたぐり寄せられる奴だ。――ひとつ、ヌクヌクと、てめえを抱きてえばつかりに、だ。――どつちだい?
声 こつちよ。――それ、そんなに薄情なんだからね。――そんな事言つてゐても、お前さん、直ぐ眠つてしまふ奴さ。
[#ここから2字下げ]
シーンとする。
六畳の障子が奥から開いて、頬に傷跡のある杉山の顔だけがヌツと出る
前へ 次へ
全81ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング