になって後すざりしながら自分を見ているので、その姿に逆にびっくりして見ていると言うのが当っている)……あの、どう……どうしたんです?
房代 …………(両腕を突き出して須永が近寄って来るのを防ぐようにしながら、ジリジリと後しざる)
織子 あ、危ないっ!
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(叫び声と同時に、奥の床板に開いている焼夷弾の穴に、房代の身体がスポッと落ちこみ、ガラガラと音がして、二階の真下の部屋からアッ! という房代の悲鳴がひびいて来る)
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須永 ああ! (その穴のそばへ行って下を覗く)
省三 おっ! (これも穴へ駆け寄る)房代さんっ! 房代さんっ! 房代さんっ! (これは下を覗くひまも無く、いきなりその穴から下へパッと飛びおりて消える。ガタガタ、ベリッ、ドサンという音)
舟木 馬鹿! ここから飛ぶ奴があるか! ケガしやしないか? 織子、二階だ! (身をひるがえして、私の室へ消える。織子も走ってその後を追う。二人が階段を駆け降りる音。やがてシーンとなる)
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(一瞬のうちに、穴のふちに須永と桃子と柳子の三人が取り残される。ボンヤリしている須永、遠い方へ耳をすますようにしている桃子。ほとんど恍惚として我を忘れて須永を仰ぎ見ている柳子。――静かだ)
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     13[#「13」は縦中横] 食堂

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(私が一人で立っている)
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私 ……待てよ。ぜんたい何が起きたのだ? 何が此処で起きたのだろう? 起きつつあるのだろう? 私たちの生活は、それほど愉快な明るいものではなかった。しかし、おだやかな、気持の良いものだった。そこへ須永がとびこんで来た。はじめ何がとび込んで来たのか、誰も気が附かなかった。そのうち、ヒョイと気が附いた。これは殺人者だ。そしてもう既に死んでいる人間だ。そいつが私たちの間をウロウロしはじめた。すると私たち全部の調子が不意に変になってしまった。死んだ人間が歩きまわっているのを見ているうちに、おれたちの一人一人が急に、自分が生きていることに気が附いたのか? ……いや、そうではない、須永は死んだのではない。須永だけが、おれたちの中で須永だけが今生きているのではないのか? 須永は、今こそホントに生きはじめたのではあるまいか? それを見ておれたちの一人々々までが、日常生活のものうい夢から叩き起され、眼をさましたのではないのか? ……そうだ、現に私だ。私は半分死んでいるのだと須永は言った。そうかもしれない。お前はここに私のそばに立っている。もう既に死んでしまったお前が私のそばに立っている。それを私は実感で知っている。それが私に少しも変だとは思われない。ならば、私も半分死んでいるのだろう。そうかもしれない。それが須永に叩き起されて、こうなって、さて、私の眼が急にハッキリ見えはじめた。夜の空気が、ヒンヤリと、これまでとはまるで違った肌ざわりで私の顔を撫でる。おかしいぞ。夜の闇が不意にベットリと黒いものとして私を取り巻いて見えて来る。闇はズッと前から有ったのだ。見えていたのだ。それが今急にベットリと、まるで液体のように私を取り巻いて、ここに在る。どうしたのだ? これは、なんだ? やっぱり私は死につつあるのか? それとも、ホントに生きはじめたのか? ぜんたい何が起きたのだ? 何が起きようとしているのか? 須永は、どこへ行ったのだろう? 須永!
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(舟木が腕まくりをおろしながら入って来る)
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舟木 ……須永君は柳子さんたちと三階じゃないかな。
私 房代さんのケガは?
舟木 あの人は足くびをチョットくじいただけだが、省三が釘で額を切った。馬鹿な、いっしょに飛び降りることはない!
私 若宮さんと浮山君が喧嘩をした?
舟木 若宮が電話をかけようとするのを、浮山君がいきなリなぐり倒した。あんな男じゃないと思っていた。取組み合いになって、若宮は鼻から血を出している。
私 ……狂人だろうか? 須永は?
舟木 ノイローゼ。病識が有る。しかし、それがわれわれの方で言う病識か、ただ一般的に、つまり思想的な言い方での、自分は病気だと言うのか、そのいずれか、この程度ではハッキリしない。変質者であることは確かなようだ。しかしそれも遺伝関係のデータを調べなければハッキリしない。むしろ、その相手の、先に一人で自殺したと言う娘さんの方に一種のパラノイヤのような――つまりセックス・フォビヤがあったのではないかな。
私 聞いたのか?
舟木 戦争からの影響――つまりアプレゲール現象だで、世間はこういう事を片づけたがる。しかし因って来る所はもっと深い。断絶だ。これは断絶。崖を踏み切った。足はもう地面を踏んでいない。
私 
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