断絶? うむ。
舟木 無数の断絶者が生れつつある。この世の、崖っぷちのこっち側の考えで、死んでるとか生きてるとか言って見ても無駄。どうするかだ、これを?
私 どうするか?
舟木 殺しても死なない、だから。だから処理するだけだ。警察に渡すか、精神病院に渡すかだ。
私 あぶない。ピストルを持っている。
舟木 ピストルには弾はいくつ入っている?
私 六連発と見ても、まだ四つ入っている可能性。
舟木 良い青年だがな。
私 良い奴だ。しかし犯罪者。
舟木 犯罪者? 犯罪の意識は無い。
私 狂人か――
舟木 われわれにとって狂人と言うものは居ない。時代時代の平均ノルムが有るだけ。それを踏みはずしたのを仮りに狂と名づける。セーンもインセーンも無い。どの試験管もガラスで出来てる。
私 だが、須永は犯した。これからも犯し得る。これは、怖い。
舟木 怖いのは、しかしホントに怖いのは、実はモモコだ。あの子は笑いながら一万人だって殺すことが出来る。
私 うむ。しかしモモコは殺してない。須永は殺した。
舟木 薬をあげようか?
私 自分でも持っているのではないか。それよりピストル持ってる。自殺など胴忘れしてああしてウロウロしている。どうすればよいか?
舟木 そう、どうすれば――?
[#ここから3字下げ]
(二人、顔を見合せている。そこへ出しぬけに二階の一角で、ドシン、ガタガタと音がして、女の叫び声がして来る。舟木と私はその方を見あげて聞き耳を立てている。……)
[#ここで字下げ終わり]
14[#「14」は縦中横] 省三の室
[#ここから3字下げ]
(天井裏の見える、まるで物置のように殺風景な、板のベッドと粗末なテーブルの他に何も無い部屋。ただ一つ壁に真赤な三角の旗がピンでとめてある。額から片眼へかけてホウタイ※[#始め二重括弧、1−2−54]それに血がにじみ出している※[#終わり二重括弧、1−2−55]を巻き立てた省三が、ベッドに片足かけて仁王立ちになり、革のバンドを右手にふりかぶって、憎悪にとび出しそうな眼で離れて立った房代を睨んでいる。
房代は右手に濡れたタオルを持ち、左手で、たった今なぐられた頬から首すじをおさえて、ギラギラ光る目で省三を見つめている。これも左の足首をホウタイで巻いている)
[#ここで字下げ終わり]
房代 なにするのよ、キチガイ!
省三 バ、バ、バイタ! (房代に向ってビュウッとバンドを振る)
房代 あっ! (辛うじて打撃をかわし、テーブルを小だてに取って、室の隅に飛びさがる)
省三 出て行け! 出て行かないと殺すぞ!
房代 殺せるものなら殺してごらん! しと、痛いだろうと思って、わざわざやって来てタオルで冷してやろうとすると、だしぬけに、なに乱暴するのよッ!
省三 なぜ触るんだ俺に! 放っといてくれ、お前みたいなバイタが――出て行け!
房代 出て行くとも! あたしのためにケガをさして悪かったと思うから、こうしてなにしてんのに――動物!
省三 あたしの為にケガをした? ヘッ、あん時、お前のあとから飛び降りた自分が、腹が立つんだ! ざまあ見ろ、だからこんなケガあしたんだ! 俺が俺に罰を喰わしてやったんだ。お前なんか死のうが生きようが腐ろうが、知った事か! のぼせるなよ、お前なんかのために誰が飛びおりたりするもんか!
房代 ヘッ、のぼせているのは誰だ? 戦争が始まったのが、あたしのセイなの? あんたが出征したのが、あたしのセイなの? 復員して見たら、あんたの恋人が空襲にやられて死んでいたのが、あたしのセイなの?
省三 ちきしょう、だまれ! だまれ、ちきしょう!
房代 その恋人にどっかあたしが似ていたと言うのが、あたしのセイなの? そのあたしが食べられないから、進駐軍につとめているのが、あたしのセイなの?
省三 食いものをもらうと、犬はシッポを振る。しかしシッポの先きに心臓をぶらさげて振りはしないんだ!
房代 あんただって血を売ってるじゃないか!
省三 血は俺のものだから売るんだ! 俺の自由意思で売ってるんだ!
房代 あたしは、あたしのものだから、あたしの自由にするのよ! 恋人を持つのは、あたしの自由だ!
省三 三月に一人ずつの恋人を持って、オンリイ、オンリイで次ぎから次ぎと、三年もたつと一中隊ぐらい兄弟になっちゃって、子供でも生れるとなったら、白いのかい黒いのかい、わからなくなったらフイシュ・スキンに聞いてみろい!
房代 ヘッ、ゼラシ!
省三 なにようッ! ちき――(バンドを振りかぶって迫って行く)
房代 ヘッ――(それに向って、犬に追いつめられた猫のように、シューと響く唸り声を立て、歯をむき出して対する。――それがヒョイと戸口の方を見るや、声も立てずにゴム風船から空気が抜けるように、不意にしぼんだように怒りの形相が完全に
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