した。……そうなんだ、あなたも奥さんを殺したんだ。……そいで生きているんです。同じです。……(全く熱のこもらないウワゴトのような調子になって行く。私は冷たい汗を垂らし、手はほとんど虚空をつかまんばかりに握りしめられている)
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(そこへヒョイとフルートの音が起る。
次ぎの室の人々の中に立った桃子が、フルートの吹き口を唇に持って行っている姿。その細い腰をしっかりと抱いた柳子の白い手が、ハッキリ遠くから見えるほどブルブルふるえている。……
須永がフルートの音を耳にとめ、椅子を立ってユックリそちらへ行き、板戸の前にチョッと立ってから、板戸をスッと開けて、そこの八人を認め、それから私の方を振返って見てから、ユックリと次ぎの室へ入って行く。眼は桃子を見ている。私の室は暗くなる)
[#ここで字下げ終わり]

     12[#「12」は縦中横] 次ぎの室

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(そこに居る八人の人たちは、それまで板戸の隙間から洩れる光に沿って立っていたので、知らぬ間に、やや半円を描いた一列に並んでいる。それが一種の恐怖のようなもので動けなくなって、墓場から起き出して来た者を迎えるように須永を見迎える。ふだんのままであるのは桃子だけ。
須永は桃子に視線を向けて入って来るが、一同がだまりこんで並んでいるので少し気押され、いぶかるような、はにかむような態度で、ソロソロ歩き、並んだ順にユックリと眼を移して行く。
舟木、織子、省三、浮山、桃子、柳子、若宮、房代のそれぞれが、須永から見られて次々と各人各様の表情と態度を示す)
[#ここで字下げ終わり]
舟木 …………(眼をすえてジッと須永を見る。それはハッキリと医者の眼である)
須永 ……(舟木の眼から引きとめられてしばらくそれを見ていてから、薄く微笑して)ええ。すこし頭が痛いんです。
舟木 ……須永君。
須永 舟木さん、あなたはお医者です。あなたの考えていらっしゃる事はわかります。……たしかに僕は病気かもしれません。
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(そう言って、一歩進んで織子を見る)
[#ここで字下げ終わり]
織子 …………(ああと口の中で言い、同時に膝まずき、須永に向って頭を垂れ、握りしめた両手をアゴの所に持って来て、唇をふるわせつつ何かささやきはじめる)
須永 …………(ポカンと見ていたが、相手が祈っていることを理解した瞬間にギクンとして、二三歩とびさがり、恐ろしいものを見るように織子の姿を見ていたが、やがて顔をふせて深々とお辞儀をして、織子の前を遠まわりをするような足どりで、わきに寄る)
省三 ……(さきほどから噛みつくような眼を光らして須永を睨んでいたのが、だしぬけに)そうだよ! 何が善で何が悪なんだ! 須永君、君がその男といっしょに生きておれなかったの、わかるよ! おれたちは、おれたちを押しつぶそうとしている奴等を、しめ殺さないでは、生きて行けないんだ!
須永 いや、そんな……(省三の激しい視線を受けかね、助けを乞うように次の浮山を見る)
浮山 ……だけど、田舎にお母さんや弟さんも有ると言うんだから、この――
須永 …………(恥じて頭を垂れる)
省三 だけど、それをそういう形で解決しようとするのは間違いだ! それはホントの解決にはならん! 僕の部屋へ来てくれ須永君! 話し合って見よう! (進み出して須永の腕を取りそうにする)
須永 ……(その手をソッとよけて、桃子の前に行き、低い声で)モモコさん。
モモ ……(ユックリした視線で、須永の方を見て)須永さん、又、塔に登らない? (そしてフルートを口へ持って行き、吹く真似をする。しかし音は出ない)
須永 ええ。……
柳子 須永さん! (かすれた、押し殺した声で言い、いきなり、ふるえる片手で須永のひじを掴み)……逃げて下さい! 早く、どっか、早く逃げて下さい! 逃げて下さい、つかまる! 早く逃げないと!
須永 え? ……(びっくりして柳子を見る)
柳子 な、なんでもいいから、早く、あの、逃げて下さい!
須永 …………(困って、柳子の手をソッと振りほどいてとなりの若宮に眼を移す)
若宮 わあっ! (それまでもワナワナとふるえていたのが、須永からチラリと見られると、我慢できなくなり、叫び声をあげるや飛びあがって、いきなりガタガタと床板を踏み鳴らして駆けだし、板戸の間から今はまっ暗な私の室を通り抜け階段を駆けおりる音がドドドドと下に消える)
舟木 どうしたんだ?
省三 警察に電話でもするんじゃないか?
浮山 そりゃ、まずい。……(小走りに若宮の後を追って私の室の方へ消える)
須永 ……(その間に房代を見ている。と言うよりも、房代の方がルージュの濃い口を開け放って、顔色を蒼白にし、眼をすえた、ほとんど発狂せんばかりの恐怖の表情で、及び腰
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