られないで黙っていますと、実に女々しい不愉快きわまる、今後来るのはことわる、そう言ってニヤニヤして、テーブルの引出しからピストル取り出して、又来たら、これで射殺すると、僕にねらいを附けるような恰好をして、又笑いました。……それ見ていて僕は、とても悲しくなりました。寂しい……とても、悲しくて、泣きたくなったんです。そいで、もう帰りたまいと言って向うを向いてしまったんです。その後姿を見ていて僕は、この人と自分とは、いっしょに生きてはおれないと言う気がヒョッとしたんです。一瞬間もいっしょの空気を呼吸して……いや、気がしたんじゃなくて、その時、一刻もいっしょに生きてはおれなかったんです。そいで……僕は自分のバンドをはずし、後から行って、首をしめた、ようです、ハッキリおぼえていません。(自分の上衣のすそをめくって、ズボンのバンドの所を覗く。バンドは無い)……非常に簡単に、あの、身体がやわらかになって――死んだんですか、じゃ?
私 …………(答え得ない。ただ微かにうなずく)
須永 ……そいから外へ出て来たんです。出る時にお母さんが変な顔をして出て来たので、なんか僕は言おうとしたら、ピストルが鳴りました。お父さんのピストルを――そんとき僕をおどかしたそのピストルを僕は掴んじゃっていたんです。自分で気が附かないでいました。バンと鳴って、お母さんが何か言って倒れたので、これはいかんと思って、あわを喰って、台所の方から出ようとすると、そこに兵隊が立って僕を睨んでいるんで、カッとなって、撃ちました。……ありゃ米屋なんですか?
私 ……(うなずいて)……スッカリ復員の時の兵隊服着てたって書いてある。
須永 そうですか。……
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(間……)
[#ここで字下げ終わり]
私 そいで、君はどうするの?
須永 どうすると言いますと?
私 その――これからさ?
須永 これからと言いますと? 別に僕あ――(虚脱したように弱々しい眼で、その辺を見まわす)
私 そいで、その、あい子さんの家を出てから、此処に来るまでどこに行ってた?
須永 あちこち、別にどこと言って……そうです、上野の美術館に寄りました。興福寺の阿修羅が出ています――あなたがいつかいっていられた――あれを見たり。
私 ……警察に行くことは考えなかったかね?
須永 考えないわけではありませんけど――
私 君は人を殺した。……人を殺すのは、いけない事じゃないかね?
須永 それは知っています。……でも、しかたがなかったんです。
私 しかたが無い? そう、しかたがないと言えば、なかったかもしれん。でも、悪いことは、やっぱり悪い。
須永 ええ、悪いです。……でも、善いことと言うのは、なんですか?
私 そりゃ君……(言葉につまる)
須永 戦争の時は、敵を殺すのは善い事なんでしょう?
私 …………(答え得ない)
須永 いえ、僕は自分のした事が善い事だなんて言う気はまるでありませんから、屁理屈を言おうとしてるんじゃありません。いけないのは僕です。でもホント言うと、何が善くて何が悪いか、僕にはまるっきり、わからないもんですから。――
私 ……(額に油汗が光っている)しかし、しかしだね……(あえぐ)その、逆にだな、君が人から、いきなり殺されたら、君、イヤだろう?
須永 そんな事はありません。いつ殺されてもいいです。……僕はもう、とうに死んでいるかも知れないんですから。
私 (歯をガリガリと鳴らして)僕は冗談を言ってるんじゃない。
須永 僕も冗談言ってるんじゃありません。弱ったなあ。(私が怒っているらしいのに、ホントに弱っている)……いつ死んでもいいんです、これで。(とポケットに触ってみせる)あなたに撃ってもらってもいいんです。
私 須永君。……(ガタガタと手がふるえている)
須永 弱ったなあ。……あのう、御迷惑なら僕あ出て行きます。ですから……いえ、あなたとモモコさんに逢いたかったもんですから。……あなたの事を僕はズーッと尊敬していました。たった一人、あなただけを尊敬してたんです。それが、今夜来てあなたを見たら、なんですか、まるきり、尊敬しなくなっちゃってる自分に気が附きました。どう言うのか、僕にもわかりません。尊敬じゃない、もう。……軽蔑しちまってるんです。いえ、軽蔑と言っちゃ、なんですけど、その、あわれなような気がします。あなたが、なんか可哀そうなような――そうです。そいで、やっぱしあなたが好きです。(女のような微笑)……あなたには、わかっているんだ。あなたは、わからないと自分で思ってるけど、そう言っているけど、ホントは、あなたは、僕のことは、わかってるんですよ。……あなたも死にかけているんだ。だから、ホントにあなたは生きているんです。あなたは奥さんを亡くしてるんです。僕はあい子を亡くしたんです。殺
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