モモ そうよ。かわいそうよ先生。……亡くなった先生の奥さん、キレイな人?
須永 うん、キレイだった。
モモ 柳子おばさん、キレイ?
須永 キレイだ。
モモ どっちがよけいキレイ?
須永 ……どうしてそんな事言うの?
モモ どうしてって?
須永 先生の奥さんは死んじゃって、柳子さんは生きてる。
モモ ハハ、ほんとうだ、ホホ!
須永 ……(桃子の顔を穴のあくほど見つめている。その末に自分も微笑して)モモちゃんは、死ぬことなど考えたことある?
モモ 死ぬこと? ううん、考えたこと無い。
須永 そいじゃ、死にたくないと思う?
モモ ううん。たくないとは思わないわ。
須永 死にたいとは?
モモ ううん、思わない。
須永 じゃ、生きていたいのね?
モモ ううん、別に。そんなこと考えたこと無い。おんなしだもの。
須永 おんなし?
モモ わからないの、あたしには。……あら、誰か昇って来る。(耳をすます)
須永 ……(これも耳をすましていてから)誰も来やあしないさ。
モモ もう下へ降りましょうか?
須永 もういっときいよう。
モモ だって須永さん、先生とお話なさるんじゃないの?
須永 うん。……でも今日は僕あモモコさんと遊びに来たんだから。
モモ 遊ぶって?
須永 ……だから、裸になって、見せてくんないかなあ。
モモ フフ。
須永 なにもかも、僕には嘘のような気がするんだ。小さい時から、そうなんだ。そこらの物も、人も、まわりのものが、なんかしらん、ホントでない、ホントの事は、もっと別の所にチャンとして在るような気がする。僕がホントに居なきゃならんのは、その、別の所で、そいで、だから、此処に自分がこんなふうにして居るのは、まちがっているような。そう言う気が年中するの。
モモ わからないわ。
須永 モモコさんと一緒にいると。そんな気がしなくなるんだ。
モモ そう? どうしてかしら?
須永 そいから又、いや、そうだからだと思うけど、今自分が見たり聞いたりしてる事は、同じ事を、それとソックリ同じことを、いつか何度も何度も見たり聞いたりした事なんだ。そういう気がしょっちゅうする。
モモ うん、そう! それは、あたしも、そういう気がする事あるわ。ピカドンだって、広島でじゃなくって、もっとズーッと以前に何度も何度も私、見たことがある。いえ、あのピカッとした中で、ああそうだっけ、なんかこんな事が、これまでに何度も何度もあったっけ、そう私、思ったような気がするわ。
須永 だろう? だからさ……だから、見せてくれないかなあ、裸になって。
モモ 見せたげようか、んじゃ?
須永 お願い!
モモ じゃ、これ持ってって。(フルートを須永に渡し、ズボンのバンドに手をかける)
柳子の声 (下から)モモちゃん! モモちゃん! 降りていらっしゃい! モモちゃん!
モモ (手をとめて)ほら、やっぱし、柳子おばさんが来た。
須永 いいからさ。
モモ だって……しかられちゃう。また、こんだ。
柳子の声 (すこしあがって来て)モモちゃん! さあ、もう、降りていらっしゃい! モモちゃん!
モモ はあい!

     11[#「11」は縦中横] 私の室と次ぎの室

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(私の室では、私と須永が椅子にかけて話している。その次の室――と言っても、以前は物置に使っていた室が焼夷弾を食って屋根も壁も飛んでしまって床板にも大穴のあいたままの場所の、私の室とのしきりの板戸の隙間からもれてくるひとはばの光の中に、桃子をしっかり抱いた柳子、それから房代、織子、舟木、浮山、若宮、省三が、群像のように動かず、私の室からの話声に聞き入っている)
[#ここで字下げ終わり]
私 (もうかなり話して来たあと)……いや、私の言っているのは、そんな事じゃ無いんだ。
須永 (静かで、昂奮のあとはない)……ですから、あい子は、もしかすると自分でも気が附いていないと思うんです。
私 あい子?
須永 ああ、まだ言ってませんでした。あい子と言うのが本名なんです。本名で芝居などしてはいけないと家で言われて、ミハルと言うのは、劇団はじめる時、僕が附けてやった芸名です。ホントは魚のアユの鮎子です。
私 いやいや、私の聞いているのは、そんなことじゃない。
須永 ですから……その、あい子はまだ自分が死んだんだという事を自分で気が附かないでいるんじゃないかと思うんですよ。僕にはそんな気がするんです。
私 君の言っている事は僕にはわからない。
須永 そうですか? でもあなたは、奥さん亡くされて、そうは思わないんですか? 奥さんはご自分が死んだという事をまだ知らないでいられるんじゃないか? そう言った、つまり……いや、そうですねえ、あい子や奥さんだけでなくです。死んだ人はみんな――いや、こうして生きている僕らも、実はもう死んじま
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