っているのに、それに気が附かないで、平気でノコノコ歩いたり物を食ったりしている。そうなんです。そうじゃないかと思うんです。
私 …………
須永 人間は原子爆弾を発明しちゃったんです。人間が築きあげて来た科学が自然にそういう所まで来てしまって、そいで原子力が人間の自由になってしまったんです。もう後がえりする事は出来ないんです。見てはいけないものを見てしまったんです。物質の一番奥の秘密のようなものを――神さまだけしか知ってはならないものを、人間は知ってしまったんです。そいで、ですから、広島に最初に原子爆弾をおっことした人は――又は、おっことす事を決定した人は、その人は、人間がしてはならない事をしてしまったんですよ。神さまでなければしてはならない事を、やっちゃった、つまり、踏み越えてはならない線を向うへ一歩、犯してしまったんです。……いえ、僕はその人をとがめようとしているんじゃありません。僕にはとがめる資格はありません。それに、どうせ人間は原子力の秘密を握ってしまったんですから、おそかれ早かれ誰かが武器にそれを使ったでしょう。ですから、人間全体に、それに就いては責任があるわけで――ですから善い悪いの事を言ってるんじゃありません。ただ人間は原子力で人を殺したと言う事で、犯してはならない所を犯してしまったと思うんです。以前、刀で人を殺していた、その刀が鉄砲になり、大砲になり、機関銃になり、というような事とは、実はまるで違う事が起きてしまった。……原子爆弾を作って、それを使ったという事で、人間は実は自分の今までの歴史を根こそぎスッカリ変えてしまったのです。神が生きものを創造したことが世の中のはじまりだとするならば、その時から今までの事をすべて台無しに叩きこわしたのが原子爆弾で、ですからすべてがまたゼロから、始まるものなら始まるわけで、つまり創世紀――そういう所に僕らは立たされている。立たされてしまったんです。そうじゃないでしょうか?……僕が言うのは、そんなトテツもない、自分たちに取って根本的に決定的なことが起きてしまってるのに、しかもそれを自分の手で引き起してしまったのに――つまり犯しちまっているのに、人間はその事に気が附いていないんじゃないかと言うことを、それを僕あ――。
私 ああそうか。それなら私にも少しわかる。蒸気機関が発明されて、それで産業革命が起きた。それと似たような、それの続きとしての進歩が起きたというような事ではないかも知れんね。早くなんとかしてコントロールしないと、こいつから逆に人間は――下手をすると地球そのものまで、吹きとばされてしまうかも知れん。なんか恐ろしく妙な――
須永 妙なことは起きてしまったんです。人間はもう死んでいるのに、死んでいる事に気が附かないで、気が附かないままで生と死の境目の敷居を踏み越えてノコノコ歩いて行ってる。……
[#ここから3字下げ]
(二人とも、いっとき黙りこむ)
[#ここで字下げ終わり]
私 ……だが、須永君――君が私に話したい事は、そんな事じゃないんじゃないかね?
須永 え? どうしてなんです?
私 どうしてと言う事はないが――
須永 なんでしょう――
私 いやさ……どうして君は私んとこに来たの? いや、来たってかまわんけど、特に私んとこに来たと言うのは、どういう――?
須永 そりゃ、尊敬してるもんで――あなただけを僕は、信用すると言ってはなんですけど……そうですねえ、尊敬してると言うんじゃないかも知れません。友だちに逢っても、先輩も親兄弟もそのほかの世間の人も僕には、つまらんのです。直ぐ嘘をつきますから。あなたは、嘘だけはつかれないから、そいで、なんとなくツイお目にかかりに来るんです。
私 そう、そりゃなんだけど――私の言ってるのは今日のことさ。特に今夜はどうして此処に来る気になったかって言う――?
須永 いけなかったでしょうか?
私 いや、いけなかないけど――
須永 それにモモコさんを見たくなって。
私 モモコ? どうして?
須永 好きなんです。
私 うむ。……君、ピストル、持ってるの?
須永 え?
私 持っているんだろう?
須永 ……(私の顔を見ていたが、普通の調子で)ええ持っています。(手紙でも出すような素直さで、右手を内ポケットに入れる)
私 (それをとめて)いや、いいよ出さないでも。……だからさ、その事を――?
須永 え?
私 ……夕刊に出ている、君のことが。
須永 そうですか?
私 知らないのか?
須永 ええ。
私 ……どうして特に此処に来たのかと言うのは、それさ。私は君を好きだから別に迷惑だとは思わない。しかし、君の方としては、それを考えるのが自然だったと思うんだがね。私や、そいからこの家に住んでいる人たちに迷惑がかかると思わなかったの?
須永 (単純ないぶかしそうな顔で
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