れからにしてほしい。
舟木 どこへ行ったんだ?
房代 モモちゃんと一緒に塔へ行くんだって、そう言ってたから――
省三 塔なら、ここから見える。(奥の窓の所へ行き、ガラリと開ける。暗い夜空)
房代 暗くって、よく見えないわ。
舟木 いや、見える。(すかして見る)
若宮 ……なんだろう、ありゃ?
浮山 てっぺんに立っているのはモモコですよ。おや、あれが須永君かな?
私 ああ!
舟木 どうしたんだ、あれは?
房代 あらあら!
省三 ああ、モモちゃんがフルート吹いてる! (そのフルートの音が、微かに流れて来る)
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(同時にソファの上の柳子が夢でうなされているような声で泣きはじめる)
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織子 柳子さん! 柳子さん!
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(他の五人は窓から塔の方をすかして見ている)
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10[#「10」は縦中横] 塔
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(一坪ばかりの広さの、手すりだけ附いた、こわれかけた塔の上。桃子が立ってフルートを吹いている。その反対がわの手すりの棒に両膝の関節で、こちらを向いて、逆さにぶらさがっている須永)
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モモ ……(吹きやめて)須永さん。
須永 うん。
モモ どこに居るの?
須永 ここだよ。
モモ お星さま見える?
須永 うん、見える。(しかし実際はベットリと暗い空で星は一つも見えぬ)
モモ どっさり? (寄って来る)
須永 うん、だんだん多くなる。眼の中がチカチカ、チカチカして、とてもきれいだ。
モモ なぜそんな変な声だすの? (須永の素足にさわって)あら、あなたの顔、これ?
須永 ふ、ふ! (言いながら、身体を曲げて持ち上げ、手すりの内側に降り立ち、眼がまわるので少しフラフラしながら)おお、くすぐったいや!
モモ どうしたの?
須永 とても綺麗に見える、ああしていると。それからモモコさんのフルートが、遠くの方で大波が打つように、パイプオルガンが鳴っているように聞える。
モモ そう? ……(ニコニコして)あたしね、その時、公園に一人で遊んでいたの。もうおひるだから、ごはんに帰ろうかなと思っていたの。そしたらパッとなにか光って、なんにも見えなくなったの。そいから、なにかわからなくなって、そいで、こんだ何か見えるようになって、見たら、黒い木の枝に、人がやっぱし逆さまにブランと三人も四人もさがっていて、その中の一人の人は、着物を全部ダランとぬいで垂れてる。よく見たら、みんなそれがその人の皮なの。皮をスッカリ脱いじゃって、それを、やっぱし自分の手でつかんでぶらさがってるの。……おかしくなっちゃった。……(童話でも語るように言う)
須永 ……そいでモモコさんの眼、見えなくなったの?
モモ ううん、そいから病気になったの。白血球と言うのがドンドンふえるんだって。そいから、おなかが、こんなにふくらんで、そして砂糖をウンとなめさされて、そして、しまいに眼が見えなくなっちゃった。
須永 ……又見えるようになりたくない?
モモ そうね、大して。
須永 でも、いろんなもの見たいだろう?
モモ いろんなものって、どんな?
須永 そりゃ、お星さんだとか人間だとか鳥だとか木だとか、そんなような――
モモ そうね、お星さんや木なんぞは見たいけど、人間は見たくない。
須永 なぜ?
モモ なぜだか。
須永 僕も人間は見たくない。
モモ なぜ?
須永 なぜだか。
モモ 人まね!
須永 ハハハ。
モモ お月さん、まだ出ない?
須永 出てないよ。出るの?
モモ ゆんべも出たから、今夜ももうちょっとすると出るわ。
須永 お月さんの出たのが、しかしどうしてわかるモモちゃんに?
モモ わかるわ。(額のわきの方を指でおさえて)このへんがボーッと明るくなる。
須永 ……モモコさん、裸になって僕に見せてくんないかな?
モモ 裸? あたしが?
須永 うん。着物をすっかりぬいで。
モモ (笑って)それをベロンと手の先にぶらさげて?
須永 そんな――ホントに見たいんだ。
モモ どうして?
須永 どうしてだか。とっても見たい。
モモ カマキリみたいよ、あたしの身体なんか。
須永 見せてくんないかなあ。
モモ はずかしわ。
須永 ねえ、お願い!
モモ どうしてそんなこと言うの? 須永さん、今日は変よ。いつもと、まるでちがう。
須永 どんなふうにちがうの?
モモ ユウレイみたい。
須永 ……馬鹿言ってらあ。
モモ 須永さん、三階の先生んとこに、何を教わりに来るの?
須永 うん、芝居のことやなんか――いや、もっと大事な、いろんな。
モモ えらいの、あの先生?
須永 えらい。そいで、こわい。……いや、かった。今日来て見たら、えらくも、こわくもない。なんだか、かわいそうになった。
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