すよ、それもつまりあなたの言う、個人の生死が社会改造の仕事の中にチャンと組みこまれた形としてですね、奥さんの死は無意義ではなかったと言う事だから――
私 いや、私の言ってるのは、そんな事じゃないんだ。そんな、つまり、公式のようなものを、いくら持って来られてもだな――いや、これは君にはわからん。
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(短い間)
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省三 ……あなたには、それはわかっているんです。僕はそう見ます。それが良いか悪いかは別問題として、あなたにはわかっているんだ。それをしかし、言いもしなければ実践もしないで、そうやっているのは、何かズルイ、世間の動いて行く様子を見送れるだけ見送って、そのうち調子の良い方へナニしようと言うふうな――いえ、オッポチュニストであなたがあるなどとは思っていませんけどさ、すべての事を一寸のばしにのばしといて、今現にこんなふうに又反動しかけてる、なんかエンショウ臭くなって来ている、情勢の中でですよ、二つの勢力のどっちにも附くまいと言う――一種のサボタージュと言うか――つまり第三の道などを言い立てて、なにもしないでいるのは、結局は、左右いずれの勢力に対しても裏切りではないですか? せいぜい言っても、一種の保守的反動的な――
私 (微笑して)そう思うかね?
省三 そう思いたくないからこんな事言うんです。うちの兄などは、もう駄目です。しかしあなたは――あなたを僕らの敵だとは僕は思いたく無いんです。だから――
私 敵ね?
省三 だから言うんです。
私 ……敵だと思ってくれて、いいのかも知れんよ。
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(そこへドカドカと階段に足音がして、夕刊を掴んだ若宮猛が入って来る。後から、真青な顔をした織子。……若宮は入って来るやキョロキョロと室内を見まわしてから私に向って夕刊を突き出す)
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省三 (その若宮から織子へ眼を移して)どうしたんです姉さん?
織子 あの……(ふるえている)
私 (夕刊を受取るが、眼は若宮を見て)なんです?
若宮 こ、これ! ……(と夕刊の紙面の一個所を指す)
私 ええと……(それを見る。省三も寄って来て覗きこむ。はじめ二人とも、何だろうといぶかりながら読んでいたが、次第に妙な顔になって来て、或る所まで来ると、ギクリとなる……間)
若宮 ……(しゃがれた低い声で)夕方から、何度も読んだ夕刊だ。それが、あんた、今さっき気が附いたんだから、なんとも早や。……眼に入っちまったと言うか。舟木さんの奥さんも、そうだそうだ。ねえ? (織子を見る。織子声が出ないでコックリをする)……どう言うもんか、この――(私に)そうなんでしょう。これ?
私 ……(新聞に吸いつけられている。省三はキョトキョトその辺を見まわしはじめる……間)
若宮 まったく、どうも、この――
私 ……(ユックリ顔を上げて)そいで――?
若宮 え? ……いや、柳子さんとこの広間で、もうズーッと花で。うちの房代も行ってる。
省三 兄さんは――?
織子 た、たばこ買いに。すこし歩いて来ると言って出かけて。……
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(四人が黙ってしまう。私だけが遠い所を見つめているだけで、他の三人は互いが互いに何か珍らしいものででもあるように見くらべ合っている)
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     9 柳子の室

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(緋のじゅうたんの中央に座ぶとんを一枚置き、それを取りかこんで浮山、柳子、房代、須永の順に坐り花札を戦わしている。浮山はおりて見ている。わきの椅子に桃子が掛け、フルートを時々撫でている。花札の勝負は既にかなり長時間つづけられたもので、その何年目かの最後の回が終りかけたところ。四人とも殺気立つ位に熱中している。中でも柳子は、ほとんど眼を釣り上げんばかりになっていて、紅いもののチラホラ見える立膝の、足の指などマムシになるほど力をこめて札を打つ。須永一人が、花札にあまり馴れないのでモジモジと、自信の無い態度。見たところ勝っているのは柳子で一番負けているのが須永のようだが、もう少しよく見るとそれが反対で碁石などを使わずジカに紙幣でやりとりするらしく、その紙幣が須永の手元にうず高く積まれており、他の三人の手元には何も無い)
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浮山 (須永のめくった札を見て)ほい、今ごろになって豚かよ! そりゃ聞えません!
柳子 ううと!(唸り乍ら、手札と須永の眼の中を火のように覗きこむ)……ビケだわね、あんた須永さん? でしょ?
須永 え? (相手の視線をまぶしがって)……ええ。
柳子 いやに落ちついてるわね? 青が、あんた、飛び込みね?
須永 ええと? (手札を覗いている)
柳子 よしと!(ピシリと打ち)そうさしてなるものか!
房代 どっこい! (打って取る
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