柳子 あらま、この子は!
房代 だってえ、桜あ、あたし待ってたのよ!
須永 …………(これは黙って捨てて、めくって、ウロウロ見まわし、合ってる札に重ねて取る)
柳子 た! この人、ほんとにどうしたの?
須永 いや……(テレて微笑)
浮山 さて、追込みだ!
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(あとは全員無言で、恐ろしく早い速度で三巡りばかり廻って、須永が最後にソッと札をおろして勝負は終る。須永の大勝、他の三人はほとんど呆れて須永を見る)
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房代 おどろいた!
浮山 やれやれ、テンからこれじゃ話にならん! はじめからしまいまで、附きようがひど過ぎる。タッ!(計算して、ポケットから紙幣を出して、三枚ばかりをほうり出して、あおむけにひっくり返る)
須永 いいですよ。いいんですよ。(頭をかきながら)……僕あどうも、あまりよく知らんもんだから。
モモ 勝ったの須永さん?
房代 勝ったなんて言うんじゃないわ。
モモ わあ! (手を叩いて喜こぶ)だから私が言ったでしょ? きっと勝つからって。
浮山 どうしてだよモモコ?
モモ ううん、そんな気がしたのよ。須永さん、塔へ行きましょう。
須永 ええ。(うれしそうに、立ちかける)
柳子 ……じょ、じょ、冗談、あんた! よく知らんは無いでしょう! モモちゃん、もうちょっと待っててよ。ようし!(パッと立ってマントルピースの上にのせてあったダイスの壺を持って来て、須永の前にドンと坐り)こんだ、これでいっちょう!
浮山 よした方がいい。とても駄目だ。なんか附いている須永君には。
柳子 いいわよ、ね! (カラカラと壺の中でダイスを振る。昂奮し切っている)
浮山 だってお柳さん、すっかりはたいて、なんにも無いんだろ?
柳子 なあに、ええと……(自分の身辺をさがす)
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(そこへ、若宮が足音を立てないでキョトキョトしながら入って来て、突っ立ったまま、須永の顔に眼を据えて見ている……)
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柳子 ようし、これ! (左の薬指から指輪を抜いてトンと置く)これを張ります。こんでも、小さいけどダイヤが入ってる。その代り須永さん、あんたも、それそっくり賭けるのよ。
須永 弱ったなあ。
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(そこへ、若宮の後から、私と省三と織子も入って来る。私の顔も省三の顔も織子の顔も青い。……)
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柳子 (熱中して、そのような人たちには目もくれない)弱ったてえセリフは無いでしょ。さ、行くわよ、あたしが振るから、あなたが指すのよ。ダイスじゃメンドくさいから……(言って壺の中のダイスの一つを残し、他をビュツと投げる。それが室のどこかの壁に当ってカチッカチッと音)丁半で行くわね! よくって!
須永 困りますよ。(助けを求めるように周囲の人たちを見まわす。しかし誰も何とも言わない)
柳子 ハハ! (ヒステリックに笑って、壺を振る。カラカラとサイコロの音)行きます、そら、はい! (壺をパッと伏せる)……丁か、半か? あんたよ須永さん!
須永 こ、困るんです。
柳子 困るたあ、なんて言いぐさ? ここまで来て卑怯だわよ。さ、言いなさい!
浮山 仕方がないじゃないか、言いたまえよ。
須永 どうも……(柳子の眼をちょっと見ていてから)じゃ、丁です。
柳子 よし、勝負っ! ……(パッと壺を取る。一同の視線がそのサイコロに集中する。柳子が、いっぺんにガクッと膝を倒す)
浮山 ……だから、よしゃいいんだ。
柳子 ……(無言で、指輪を須永の膝の所へ押しやる)
私 ……(三四歩前に出て)須永君。
須永 え? ……(私が顔を見ているだけで何も言わないので、柳子の指輪を拾って返す)いいんですよ、これ。
柳子 なに?
須永 いいんです、もらわなくても。
柳子 あんた、私を軽蔑するの? 賭けの勝負は親子の間だって待ったなしだわよ。ヘ! ……(血走った眼で、その辺を見まわしている)
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(そこへ、別の入口から、散歩から帰って来た舟木が、ステッキをさげ、外の廊下を自室の方へ通りかかったのが、この室の気配に気が附いて、のぞいて見たと言う様子で半身を見せる)
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織子 (それを認めて寄って行く)あなた!
舟木 ああ。どうしたの? (室内の一同を見まわし、それから妻に眼を返す)……どうしたんだよ、顔色が悪いなあ?
柳子 ……ええい、ちきしょ! こんだ、じゃ、あたし全部を賭ける! さ!
房代 柳子さん、もうよして! お願いですから!
浮山 ホントだ。よした方がいい。全部を賭けると言ったって、まさか取って喰われるわけじゃない。
柳子 ですから、勝ったら、取って喰おうと、煮て喰おうと、叩き売ろうと――
舟木 なんだ……(またかと言った調子で室の中に
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