からない筈は無いと思うわ。ちかごろ、男と女の好いたの惚れたのと言う事、もう、あたしにはどうでも、いいの。不感症と言うのかな。でも自分ではなんの不足も感じてないのよ。案外これで平々凡々な一生を送るんでしょ。あたし、早く年を取りたい。一日も早くお婆さんになりたいな。
浮山 もったいない事を言う。
柳子 どうもありがと、でもホントの気持なの。
浮山 冗談は冗談としてさ、どうだろう、ホントに柳子さん、資金を少し廻してくれないだろうかな?
柳子 ええ、でもさ、お婆さんと言えば、広島の此処のおばさん、近頃どんな工合なの?
浮山 うん、眼だけ開いているが、口は一切きけないし手足は利かず、耳も近頃ほとんど聞えないらしい。食べる物だけは普通よりもよけいに食う。まあ去年僕が行った時と同じらしい。いつまで生きているか――そう言っちゃ悪いが、早く死んでくれた方がいいがね。
柳子 ざんこくな事言うわね。
浮山 いや、ざんこくな気持からでなくさ。むしろ、その逆だ。あれで生きていても、しょうが無いだろうと思うんだ。僕はまだこれで多少は血のつながりの有る、つまり伯母さんのイトコの子だから、まあ同情はするけどさ、その僕でさえ、そう思うんだもの。柳子さんにして見れば、何のつながりは無し、おっ母さんが生きていた頃は、あの伯母さんからイジメられこそすれ、良くしてもらった事など、こっから先きも無いんだから、ああしてまるで死ぬのを忘れてしまったようにネバられてると、さぞ憎いだろう?
柳子 とんでもない! そんな事ありません。あたしは、どうせメカケの子で、はじめっから馴れてるし、いっそあなた、格式だあ教育だあで、縛られないで、こうして自由気ままに過して来られたのも、そのおかげなんだから、うらんでなんか、微塵もいないよ。ホント! たださ、ここの家屋敷のこと、おばさんがそんな風だと、いつになったらカタが附くんだろうと思ってさ。
浮山 それさ。うっかりすると、その二番の方の債権――銀行の方はツブれているから、どうと言う事は無いかもしれんが、しかし銀行の方のも最近、整理委員が動きだして、権利を松山組に譲ったとか売るとか言う噂もあるしね。
柳子 そりゃ、しかしデマだわよ。あたしがチャント若宮の手で調べてあるの。いよいよとなって、債権をひとまとめにして、こっちを安く買いはたこうと言うコンタンらしいの。それよりも舟木さんの方ねえ、いよいよとなって、どんな風に出て来るんだろう? それが私、気になる。
浮山 あれはしかし、せいぜい死んだ伯父さんとの関係を言い立てて土地の少しも分けてもらって、それで病院でも立てようと言うだけのなんだろうから――
柳子 そうかしら? だって、あんな妙な、先生なんて人まで引きずり込んで来たりして、何かと自分の味方をふやしといて――
浮山 そりゃ、違うだろ。あの先生は奥さんを取られた後ボンヤリして、そいで行く所が無いから、あれはあれだけの人だと思うなあ。
柳子 そうかしら。……どっちせ、広島のおばさんが今のようじゃ、あれもこれも、さしあたりどうにもならないわね。
浮山 そう、所有権は伯母が握ってんだからな、あいでも、変なもんだな、こんだけの家屋敷が、もう死んだも同然の、ただ息をしているだけの伯母に握られて、どうにも出来ないんだからなあ。……しかし、そんな事よりお柳さん、今言った、なんとか一つ、資金をさ、お願い出来ないかなあ。年二割位の利息は払えると思う。それも一度に貸してくれなくても、最初は五万ぐらいで結構だけどね。
柳子 出してあげてもいいけど、でも近頃少しひっぱくしてるのよ。こないだ、少し大口の糸へんで、ちょっとガッちゃったし、それに、あたしにゃ、年二割なんて気の永い話はダメ。いえ、金が寝るのが惜しいなんて言うよりも、スリルが無いので、つまんない。
浮山 だって一つ位、気永に構えた仕事を持っていても悪くはないだろう。これでもうまく行って少し大きくやれば立派に一つの事業なんだから。
柳子 でも、その今の、私のだいっ嫌いなヌルヌルを拵える仕事に金を廻すなんて、フフ、いやだなあ。
浮山 ハハ、そりゃ、しかし、これだけじゃないもの。温室の方のランの方も、もう少し手広くして、新種をもっと入れたいし、そのほか、いろいろあるし――
柳子 ランね? ランは綺麗でいいけど、でもあたしなぞとは益々縁は無い。
浮山 頼みますよ。ね! その方が、若宮君などを、大きに手足のように使っているつもりでいて、時々ノマれたりしているよりゃ、いいんじゃないですか。
柳子 若宮がノム? 冗談でしょ。そりゃ、ほかのお客のはノンだりしているかも知れないけど、あたしの分を、へ、そんなアコギな事、させやしない。誰だと思ってるの、ハハ。こいでも、あんた――

     6 若宮の室

若宮 (大あぐらでウィ
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