スキイのコップ片手に、幾種類もの夕刊に目をさらしながら) ハッハ、いやならいやで、それでいいんだ。腐っても、こいで若宮猛だよ。けちっくせえ、娘に金策を頼んだりはしたくねえ。だから貸してくれと言ってんじゃないんだ。見かけた山があるから、それに投資しないかと言ってる。この際三万ばかり投資してくれれば、三月すれば十万にして返そうじゃないか。
房代 そんなうまい話なら柳子さんにしたらどう? 良いカモがつかまらなくなったもんだから、自分の娘までくわえこもうと言うの?
若宮 ちがうよ! この話は株の方の話じゃないんだ。後藤先生の方の手で、川崎の方の小さい工場で、爆弾くらってぶっこわれたままで手を附けずにあった鉄工所だよ、そいつをタダみたいに安い値段でソックリ買い取ってな、いや私も調査に行って来たが、ぶっこわれているようでも此の際三十万ばかりかけて手を入れれば、チャンと使えるんだ。朝鮮があの有様だからね、仕事はじめさえすれば、註文はいくらでも有る。連盟の連中で以前そう言った仕事には年季を入れた者が二三人、いっしょにやろうと言ってくれている。
房代 あぶないもんだわ。お父さんなぞ、やっぱりカキガラ町へんで網を張っていた方が率は良くってよ。そんな、元の軍人だとか特高警察だとか追放された実業家などが寄り合って、又なんとかして、お釜を起そうとウの目タカの目でなにしているのなんか当てになるもんですか。よした方がいいと思うな。第一、その後藤先生にしたって、結局は追放解除になって、政治の方へカムバックしたいんで、それの足がかりに連盟なんかやっているんでしょう? カムバックができたとなると、あとはどんな事するか知れたもんじゃないわ。
若宮 じょうだん言っちゃいけない。ほかは知らんが後藤先生は唯の政治家じゃないぜ。つまり思想家、と言うか、信念を持っとる、人格者――つまり国士だ。
房代 は、まだ居たの、国士なんて言うもん? お茶をわかすわ、オヘソが! 国士が、それこそオヨオヨとあんまりたくさん居たからこそ日本はこんな事になっちゃったんじゃないの? おお、ダミット!
若宮 ダメじゃないよ。お前たちアプレにとっちゃ、そうしか思えねえかも知れんが、そいつは早のみこみの量見ちげえだ。こんだの戦争にしたってそうだ、今いろいろ言ってるが、あと五年十年たっても見な、どっちが良くってどっちが悪かったか、今言われているようなもんじゃなくなる。喧嘩は両方でしたんじゃないか。誰か烏の雌雄を知らんやと言ってな。片っ方が、その、百パーセント正しくって片っ方が百パーセントまちがっていたなんて喧嘩があるかね? 歴史の審判は公平ですよ。東京裁判はまちがう事あ有ったとしても神の審判はまちがいません。
房代 ほら、よっぱらっちゃった。
若宮 酔やあしない、たかがこれっぱっちの酒でお前。だから、どうだ、投資しないか?
房代 おことわり。
若宮 もうけさせてやるんだよ?
房代 信用しないの。いえ、お父さんだけでない、もう世の中の誰も信用しないの。
若宮 すると、何をお前は信用する?
房代 そうね、ドルは信用する。
若宮 え、ドル?
房代 ドル。
若宮 ああドルか。……どうりで、ドルを持った恋人を次ぎ次ぎとこさえるんだね?
房代 悪いの?
若宮 悪いとは言わない。いっそ、お前のやり方もハッキリして良いと思ってる。ただねえ、こんな風になったお前を、お豊が生きていて見たら、ぶったまげるだろうと思ってな。
房代 お母さんの事は言わないでよ。
若宮 なんしろお前、毎朝房ようじに塩を附けて歯あ磨かないでは磨いたような気がしない、俺が場立ちに出かける時あ、かかさず、うしろから切り火を打ってくれると言った女だ。自分の生んだ娘が、そう言った、ナイロンの脚を投げ出して、爪を真紅に染めながら、親父に向って、ドルと恋愛なんて言ってるのを見れば、こりゃ、気絶するね。
房代 ふん。……(向うのジャズソングを低く鼻歌で)
若宮 ハハハ、わしは違う。わしは、これも良いと思ってる。ここんとこ、十年二十年、日本はまあ、何とか国日本県と言うとこで、先ず殖民地となった。わしはそう見る。今さら泣いても笑っても、できた事で致し方なしだ。して見れば、若い娘が、これまた、そんな風になるのも、これ、あたりまえ。とにかく、生きては行かなきゃならんからな。
房代 もういいかげんにウィスキイ、よしたらどう? 今に腎臓が破裂するわよ。そうよ、生きてだきゃ行かな[#「生きてだきゃ行かな」はママ]、ならんだわ。お父さんの腎臓はお父さんが思っているより悪くなっているのよ。舟木さんが言ってたわ。
若宮 ふふ。……しかしなあ房代。恋愛は自由だがね、この、なんだよ、眼色や毛色の変った子を生むのだけは、まあ、よしにしといた方がよかろうぜ。そういう、わしから言えば孫だな、
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