だ事を語るのに微笑んでいる。その日もハッキリおぼえていないらしい。落ちついていて、錯乱した形跡など少しも無い。……すると、この男とあの女は恋人同志ではなかったのか? そう思ったのは私の錯覚だったのか?
須永 ……(それに答えるようにスッと立って一二歩窓の方へ歩く)
私 なにかね?
須永 フルートです、あの。
私 うん。モモちゃんが二階で吹いている。
須永 ……(ジッと聞いている)
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(暗くなり、別の所が直ぐ明るくなり、そこは二階の洋室。以下、転換はすべてフラッシュ風に早く、なめらかに)
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     4 洋室

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(こわれて使えないマントルピースの前の、これも古びているがそれでもまだ血をぶちまけたような鮮紅色のじゅうたんの上に、桃子が真白な素足でサギのように片足で立ち、もう一方の足は立っている方の足の甲の上にのせ、直立してフルートを吹いている。曲では無く、たんじゅんな二小節を、ただ息の続く限り、くり返しくり返し吹くだけ。細くたえだえな、それでいてどこか野性の、たけだけしい音色。
………………
はてしの無い繰り返しをフッとやめる。そしてまたたきをしない眼を一方にやっている。その視線の先きの、暗い所に、いつの間に来たのか須永が音をさせないで立っている。
桃子の見えない眼が須永を見ている。須永も桃子を見守っている。……
桃子が何か言いそうに口を少し動かす。しかし声は出ない。
須永は、しかし、桃子から話しかけられたように、足音をさせないで、二三歩寄って行き、じゅうたんの上にのる)
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     5 地下室

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(真暗な中に、天井にわたされたケタから下っている円筒形の笠から落ちる電燈の光の中で、台の上にのせた平たい木箱を左右から覗きこんでいる浮山と柳子)
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柳子 へえ、こんなものがお金になるんですかねえ?
浮山 金になるかならんか、まだわかりませんよ。なんしろ、養殖法の手引書一冊きりで、やりかけたばかりなんだから、しかし、うまく行くと、まあ、将来性は有る。
柳子 でも、こんな地下室の暗い、しけた所でなく、上の温室かなんかでは出来ないの?
浮山 駄目らしいんだ。方々でやっているのも、戦争中、山ん中などに掘った横穴壕を利用している。爆弾をよけるために掘った横穴だとか、そうだ、此処も戦争時分は防空室に使っていたっけ、そういう所で人工キノコを作っている。考えて見ると皮肉なものだ。
柳子 そう言えば、原子爆弾が爆発した時は、キノコそっくり。先日ニュース映画で見たわ。
浮山 こんなものは、暗いジメジメした所でなきゃ育たないんだな。それに、ちょうど酒を醸造する室の中に独特のバクテリヤが居て、そのために一定の味を持った良い酒が出来ると言ったね。
柳子 すると此処にもバクテリヤが、およおよ居ると言うわけ? (暗い周囲を見まわす)なんだか気味が悪いわねえ。
浮山 フフ、なあに、そんな、そういうタチのもんじゃ無いんだ、バクテリヤなんて。お柳さんみたいな度胸の良い人が、変なことで気が小さい。
柳子 あら、光っている。ごらんなさい、よく見ると薄白くポーと光ってるんじゃない? ほら、ここんとこ。(箱の中に手を入れる)
浮山 そこらが一番うまく行ってるとこらしいんだ。
柳子 ひっ! (不意に叫んで、四五歩飛びさがって、一度ころびそうになりながら、地下室への階段を三四段かけあがる)
浮山 (こちらもびっくりして)ど、どうしたの? (懐中電燈を取ってそっちを照らすと、びっくりしてかけあがった拍子に柳子の着物のすそが乱れて踏みはだけた下半身)どうしたんだよ?
柳子 (すそをつくろいながら、既におかしくなって笑っている)おおびっくりした!
浮山 こっちがびっくりしますよ。どうしたの全体?
柳子 ヌルヌルッとするじゃありませんか! なんの気なしにヒョッと触ったらヌルッとして。おお気味が悪い!(指の先を嗅いでいる)
浮山 なあんだ、大げさだなあ。
柳子 清彦さん、だまあってるんだもの。ちょっと言ってくれれば、触ったりしないのに。おお、イヤだ! 何が嫌いだと言って、ヌラヌラするものほど嫌なものは無い!
浮山 ハハ、そう言えばお柳さん、小さい時からヌタだとかワカメのお汁など出されると、プイと立ってしまったっけ。
柳子 知ってらっしゃる癖に、しどいわ。
浮山 ハハ、ごめんごめん。しかしね、なんだよお柳さん、どうもなんだなあ、もしかすると、あんたの男嫌いと言うやつも、そいつから来ているのかな。
柳子 ホホ、男は嫌いじゃありませんさ。
浮山 すると、そこらにゴロチャラしている男だけが嫌い? 耳が痛いな。
柳子 清彦さんだって、さんざ遊んだ人でしょ? わ
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