なかった。若い人たちが詰めかけて来ると私はカッカと燃えて相手になった。あまり私が熱中するので、お前はそれを嫉妬したことがある。その火も消えた。だのに若い人たちは、まだやって来る。この須永もそのような青年の一人だ。
二三年前に頼まれて、或る演劇研究の講座に一度話しをしに行った、その研究生の一人でごくおとなしい男だが、私がその時「演劇なんかどうでもよい。いかに生き甲斐あるように生きるかが問題だ。そのプログラムの一つとして、われわれの生を充たすプログラムの一つとしての演劇が大事なだけだ」と言うような事をしゃべった、その事に強く共鳴したと言って、それ以来時々訪ねて来ては、いろんな事を聞く。口数の少い男で自分の事はあまり言わぬから身辺の事はよく知らぬが、たしか近県に母と弟があり、自分は東京で下宿して、或る土建会社の事務につとめ、夜芝居の勉強をしている。戯曲も書くと言うが一度も読んだことは無い。頭も良いし、素直で重厚な人がら故、相当の物を書いていると思う。ただ、どこか女のようにはにかみ屋なので、読んでくれと言って持って来れないらしい。そうだ、人と言えば、その最近解散したと言う研究劇団の女優で、三四度私の所へもいっしょに連れて来たことのある、夢を見るような眼つきをした園山というのと、たしか恋仲だ。この男の口から聞かされた事は無いが、多分私のカンは、はずれていない。……(二人とも三階の私の室に入っている。私、電燈のスイッチを入れ、明るくなる)おかけなさい。
須永 はあ。(椅子にかける)
私 ホントに何も食べないの? ビスケットぐらいなら、ここにもある。
須永 いいんです。
私 ……そいじゃ、ブランディが少しある。(テーブルの袖からビンとコップを出して注ぐ)……はい。
須永 すみません。……(素直に飲む)
私 (これも一口飲んで)だけど、解散したと言うのは、どう言うの? せっかく、あれだけ熱心にやっていたのに? 二年ぐらい続けて来たんじゃないかな?
須永 僕に責任があるんです。みんなに悪いと思ったんですが。
私 だからさ、君のどう言う気持から――?
須永 いえ、別に――
私 話したくなければ、聞かしてくれなくてもいいけどね――仲間割れでもしたと言った――?
須永 いえ、それも多少あるにはあったんですが――なんだか芝居をするのがイヤになりまして。……どうやっても追いつけないんで。
私 ……先輩の、もっと上手な役者に追いつけない?
須永 いえ、僕が、僕に追いつけないんです。いくら追いかけても、追いつく事はあり得ない。……ホントの、この、真実と言いますか、つかまらないんです。
私 よくわからない。……けど、そいだから、芝居の勉強してたんじゃないの? それをつかまえる、そいで、つかまえ得る手がかりとして演劇と言うものを――
須永 そう思っていました。そいで今までの演劇、つまり日本の新劇やなんかの、先生がいつかおっしゃった人生ミミック、物真似芝居の間違いを、自分たちなりに改革して、つまり創造としての芝居を生きて見よう――そう思って、又、そう出来ると思って、やって来たんですが、そいで勉強して来て公演を五六回やって来て、ヒョッと気が附いたら、僕らのしている事は先輩たちの、その物真似芝居の、その又物真似だったんです。……じゃ、ほかに、どんなやりようが有るかと考えたんですが、無いんです。僕らには、その他に方法が無いんです。……そいで、もう、ガッカリしちゃって。……そうかって、僕らの今までの生活、と言いますか、――そん中には戦争というものが有ったきりで、あと何も無い。僕らの持っている現実と言ったようなものは、空っぽで、まるで影ぼうしです。……そいで、やめちまいました。
私 ……わかるような気もするが、しかし――
須永 あなたには、わからないんです。だろうと思います。
私 ……うむ。……そいで、ほかのみんなは――ここにも来た園山君だったか、あの人など、どうしてる?
須永 あれは、死にました。
私 え、死んだ? ……それは、どう――?
須永 はあ。
私 ……そうかね、それは――
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(間。……どこかで笛の音がしている)
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須永 モモコさんは、眼が見える望みは、もう無いんですか?
私 うむ?
須永 いえ、モモコさんですねえ――
私 ……だが、あの園山君という人と君とは、この、たしか――?
須永 ……(笛の音に耳をすましている)
私 どうして君は笑えるの?
須永 え? ……笑っちゃいません。
私 ……そうかねえ。ハッキリとはおぼえていないが、綺麗な人だった。なくなられたのは、いつ?
須永 おとついの――
私 おとつい?
須永 いや、先月の、おとついに当る――いえ、十五日ばかり前かな。
私 ……どうしたのだ此の男は? 恋人が死ん
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