だな? ホントかね、それは? 聞かしてほしいんだ。
舟木 たしかに言った。しかし、それは、医者としての所見で――それにあんたは私の診断など信用しないのじゃなかったかな?
若宮 わしも若宮だ。そうと決まればジタバタはしない。そうと決まれば、これでチャンと整理しとかなきゃならん事がある。
舟木 医者の診断も誤る事があるよ。仮りに誤りが無かったとしても、医学と寿命とは別だ。しかし医者はやっぱり医学を信ずる以外にないもんだから、言えと言われれば医学の命ずる所に従って言う。あんたが――
若宮 チョイ待った。いいかね。舟木君よ、あんたと私とは敵同志だ。いやいや、ハッキリ言った方がいい。柳子というものを間に置いて、お互いスキがあったらぶっ倒して此処の家を乗り取ろうと、腹ん中で爪をとぎ合っている同志だ。ヘヘ、実際そうなんだから、そう言ったっていいじゃないですかい? それが人間だもん。ヘヘ、その君に、その敵の君に、敵の俺が、ホントの事を聞かしてくれと言っているんだ。わかるかね? つまりだな、君は自分の診断の言い方ひとつで、この俺をいっぺんにぶっ倒すことだって出来るんだ。わかるかね? ひとつ、ぶっ倒して見るか? ヘヘヘ、そいつを俺がチャンと知っているって事を言っといてから、聞こうじゃないか。九寸五分はチャンと君に預けて置くってことさ。君も悪党だ。そうだろ? わしもそうだ。相手にとって不足はねえと思っとる。悪党なら悪党らしい勝負をするね? そう思ったから、わしあ、わざとこうして君の診断を聞こうてんだ。悪党同志と言うものは、これ、可愛いもんでね。お互い、卑怯な事は出来ねえんだ。道具はずれを叩いたり、小股をすくったりはしねえ。勝負は勝負、附き合いは附き合いで、ハッキリ別々にする。わかるかね、俺の言うこと? 君の診断をわざわざ聞きたいと言うのは、そういう次第だ。今こそ俺あ、ほかの医者の言う事より、君の言う事を信用する!
舟木 なんの事だか、あんたの言う事は、よくわからんが、医者は医学に忠実である以外になんにも考えないものなんだから――
若宮 ホントの事をピタッと言ってくれ。へたに俺を憐れがったりして、嘘を言ったりしたら、お前さんをわしは軽蔑するぜ。
舟木 しかしどうしようと言うんだ? 結局同じ事なんだがなあ、知っても知らなくても。知らないでいる方が幸福なら知らない方がいいんだがな。どんな強い人間だって、むき出しの真実には耐えきれるもんじゃない。
若宮 ヘヘ、四十年、勝負一本に身体を張り通して来た若宮だ。丁と出ても半と出てもビクともするこっちゃねえ!
舟木 よした方がいい。悪い事あ言わない。
若宮 さあさ、ズバッと言ってくれ!
舟木 むきだしの真実をどんな人間でも真正面から見てはいけない。
若宮 言えッ! 君も悪党じゃねえか! (つかれたように舟木の眼を睨みつけている)
舟木 いや私は医者だ。……(言いながら、若宮の眼を冷然と見返していたが、フッと薄く笑う)
若宮 ケイベツするぞっ!
舟木 聞かない方がいいんだがなあ。……(又ニヤリと笑う)
若宮 そ、そ、それじゃ、やっぱり、もう、いけないのか?
織子 ……(それまで二人を見守りながら、ふるえていたのが、不意に舟木にかじり附いて)な、なんにも言わないで下さい! あなた、そんな、怖い! 言わないで!
若宮 ホントの事を言えいッ!
舟木 ふ! 私の診察に依ると――
織子 言わないで下さいッ!
若宮 すると、すると、どう手当をしたらいいんだ?
舟木 病気は永い。それに、君は気ばかり強くて、これまでチャンとした医者の診察を受けないで来ている。今さら手当てをすると言っても。……大事にしていれば、まだ半年、いや三月ぐらいは――
若宮 み? ……
舟木 アッタッケが来れば、今すぐにでも、転機を取る。……昂奮を避けることだ。……言えと、無理に言えと言うから言うまでだ。それ以上は私にはわからない。医学が私にわからせてくれただけを言うまでだ。あんたには、もう久しく手足にムクミが来ている。それをこれまで君が相手にした変な医者は腎臓のためで片づけて来た。いや、医者なら、いくら変な医者でもそれ位わからない筈はないから、心臓のことは言っても無駄と知って言わなかったか。それから、手の爪を見たまい。ほとんど黒い位のチヤノーゼが来ている。強度のアリトミイ。
若宮 …………(呆然と、言われるままに両手の指先を眼の前に持って来て爪を見る)
舟木 来れば狭心症で来るから、その時にはベクレムング――胸が苦しくなって、油汗が出て来る。
若宮 …………(立ったまま胸をかきむしりはじめる)
舟木 いやいや、今そうなると言うんじゃない。ただ医者として――いや、僕の診断も絶対に正しいかどうかはわからない。ただ、とにかく、言えと言うから、正直に自分の診た所を言
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