っているだけで、直ぐに明日でも、出来たら今夜にでも、他の医者の診察を受けるように忠告するね。もし私の診断が誤っていたら、こんなめでたい事はないわけで、私もうれしい。ただ私は医学を曲げるわけに行かないだけだ。
若宮 …………(フラフラ身体がゆれはじめ、視線が全く空虚になり、顔中に油汗を流し、それでも舟木を見守ったまま、しばらく立っていたが、やがて、クタッとなり、床の上にくずれ落ちる)
房代 お父さんっ! お父さんっ! しっかりして下さい! お父さん、しっかりして!
織子 (舟木のそばからジリジリと身を離して)あ、あなたは、恐ろしい人です! あなたは恐ろしい人です!
舟木 だから私は何度も言った。それを、どうしてもホントの事を言えと言うから、言ったまでだ。
房代 お父さんっ! お父さんっ! 房代です! わかりますか! すみません、お父さん! 私はあなたの娘です! しっかりして下さい! お父さん! お父さん!
織子 (舟木に、遠くから)あなたは、気ちがいになったのです! あなたは恐ろしい人!
舟木 (冷笑)恐ろしいのは科学だよ。真実だよ。ふふ。……(ヒョイとわきを見ると、先程から一言も言わないで、眼をランランと光らせてこちらを見守っている私に気づく。これに向って微笑して)ねえ、真実を冒してはならない。弱い人間が真実のヴェールをどけて、冒してはならないんだ。そうだろう? ふふ。
私 …………(相手の笑いに乗って行こうとはせず、強い眼の力で、いつまでも舟木を見つめている)
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(恐怖と憎悪で、室の隅から夫を見守ったまま石になっている織子。房代は、この女から予期することの出来なかった愛情のあるこまごまとした動作で、失神している父親の胸を開いてやったり、手をこすってやったりする)
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房代 あの、舟木先生! なんとか手当てをして下さって! あの、注射でも、どうか! お父さん! お父さん!
若宮 うーむ。うう。
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(そこへ、激しいピストル発射の音がバンと響いて来る)
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私 う? ……(その方へ耳をやる。他の三人もハッとしてその方を見る。しばらくシーンとしていてから、もう一発、今度は明らかに下の方からの発射音。同時に暗くなる)
19[#「19」は縦中横] 地下室
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(十文字にぶっちがいになっている支柱と横ゲタの所が、天井にとりつけられた円筒のシェードを持った電燈の光で、円錐形に照し出される。その光の中に、須永と柳子とモモコ。
須永は白いシャツの胸や袖がズタズタに破れ、ズボンの片方も腿の所が大きく裂けた姿で、疲れ切って、それでもまだ逃げ出そうとするような姿勢で、中央の支柱にかじりついて立ち、ハアハア喘いでいる。それがチョット十字架にかけられた姿のように見える。柳子は、細帯一本のしどけない姿の、首から背筋のあたりまで、こちらに見せて、下半身は後ろに投げ出し、両腕をひろげて須永の両膝を支柱ぐるみ、ヒシと抱き、顔は須永の膝の間に埋めたまま動かない。一瞬前まで息せききって柳子が須永を追いかけまわしていた事が一目でわかる姿で、フットボールの試合でボールを追って横っ飛びしかけた選手を敵の選手がタックルした瞬間に、画面がピタリと停ったのに似ている。円錐形の光の輪の端の所に、モモコが両手で握ったピストルをこちらに向けて立っている。しばらくシーンとする)
[#ここで字下げ終わり]
モモ (ピストルを発射したのが嬉しくてたまらぬように、軽い明るい笑声を立てる)ハハ、ハハ、ハハハ!
須永 (あえぎながら)もう、かんべんして下さい! もう、かんべんして下さい! (明らかに柳子に向って言っているのだが、柳子はそのままの姿で動かず、死んだように返事もしない)
モモ ……(耳をその方にやって)どうしたの須永さん? タマが当った?
須永 許して下さい。
モモ 許す? どうして、須永さん? なんで柳子おばさん、あなたを追っかけるの? ……おばさん、どこに居るの? (左手をピストルから離し、それで手さぐりにソロソロと前に進みかける)
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(そこへ階段をガタガタと駆け降りて、浮山を先頭に、舟木、私、織子、それから省三が入って来る。一同この場の異様な様子を目に入れるや、アと声の無い叫びを出し、光の輸の[#「輸の」はママ]りんかくの所で一瞬立ちどまってしまう。……短い間)
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浮山 モモコ、なにをする! (モモコを突きとばして置いて、倒れている柳子の方へ駆け寄る)どうした柳子っ?
モモ なんなの、伯父さん?
私 モモちゃん、それ、およこし。(ユックリとピストルをモモコの手から取る)
浮山 柳子、どうしたっ? おいっ!(須永の
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