ら、浮山がヌッと入って来る。これまでの淡々として枯れ切ったような人柄が一変していて、ほとんど面変りしたように眼がギラギラと殺気立っている。入って来るなり、その辺の様子をチラチラッと目に入れ、四角にスッと坐る)
[#ここで字下げ終わり]
若宮 あ、浮山君。
浮山 若宮さん、あんた、直ぐに――今夜にでも、此の家から出て行ってくれ。
若宮 出て? ……だしぬけに、君、何を言うんだ? どう言うそれは?
浮山 どう言うもヘチマも無い。速刻出て行ってほしい。私は此の家屋敷一切の管理を所有者から委任されている人間だ。それがあんたに命令する。
若宮 へえ、命令するかね? 命令は結構だが、理由は何だね? どう言うわけで私がここを立ち退かなきゃならんのかね?
浮山 あんた自身、胸に手を当てて考えて見りゃ、わかる筈だ!
若宮 さあて、わからんなあ。ここの家の相続権の事かね? ヘ、そんならチャンと婆ちゃんが死ねば柳子さんに来る事になっているし、一部分が舟木さんの権利になることもハッキリしている。そうさ、その柳子さんの法定後見人はわしだ。しかしそいつは前から決っていた事だ。今夜急にどうこうと言う事じゃない。どう言うんだね?
浮山 どうもこうもない。だまって出て行ってくれりゃいいんだ。あんたのような毒虫をいつまでも此処に置いとくとロクな事はない。
若宮 毒虫と? ははん、さては君、舟木にたきつけられたね? わかった! しかし気を附けた方がいいぜ。舟木って奴あ、腹の底の知れない奴だ。君なんぞにゃ、うまい事言ってるだろうさ。どうせ君は、広島の婆さんの遠縁と言う事で管理こそ委されてはいても、いざ婆さんがくたばれば、柳子はもちろんの事、死んだ大旦那の縁者の舟木よりも発言権は薄くなるんだからな。舟木にとって目ざす敵は柳子とその後見してる私だ。私さえ追い出せば柳子はたかが女だてんで、ヘヘ、君あ舟木から抱き込まれたね?
浮山 舟木君の事なんかどうでもいいんだ。柳子さんは、さっき、書類一切と実印まであんたに預けたそうだな? 柳子が言ったから否やは言わせない。
若宮 ははん、そうか? 預かりましたよ。悪いかね? 金を三十万ばかり今夜中に拵えてくれと言うんだ。そいつは困ると言うと、そのカタに此処の家屋敷の公式の証書類一切と実印をあずける。後はなりゆきで、どう処理してくれてもよいと言う。ヘヘ、つまり事と次第でわしに権利一切を譲るって事だなあ。
浮山 金は、それで、渡したのか?
若宮 渡そうかと思って、掻き集めて見ているとこさ、こうして。三十万にゃ、すこし足りない。
浮山 柳子はその金でどうする気だ?
若宮 そいつは、わしの知った事じゃない。なんでも、此処を飛び出して、どっかへ逃げる気らしいね。
浮山 え、逃げる?
若宮 ヘヘ、あんたもボヤボヤしていると、とんだトンビに油あげさらわれる。気をつけた方がいいね。ヘヘ、ああ出て行きますとも。誰がお前さん、こんな化物屋敷にいつまでも居たい事があるもんか。出て行くよ。しかしねえ、あたしが此処から出て行くと、あと、どんな事になるか御承知でしょうね? ヘヘ……(ヘラヘラ笑っているのが、なんの気もなく廊下の方を見て、ギョッとして、口を開いたまま、言葉が出なくなる。あまりの変化に浮山もびっくりして、廊下の方を見ると、そこに須永が立っている。……間。凍りついたような一瞬。……須永は、遠慮っぽい態度で若宮と浮山を見ている)
若宮 わあッ! (と、いきなり飛びあがるや、腰を抜かしたように、両手をうしろに突いて、床の間の方へ、ワクワクとにじりさがりながら)……た、助けてくれ! 助けてくれ! こ、こ殺さないでくれッ!
須永 いえ、僕は、あの……(言いながら、無意識にあわてて、不当に自分を怖れる若宮の狼狽をとめにでも来るように入って来る)
浮山 須永君!
須永 どうか、あの、許して下さい。僕は、ただ――
若宮 助けてくれッ! 助けてくれッ! 殺さないで、殺さないで下さいッ! (さがって行った床の間の袋戸に手を突っこんで、もがいている)
須永 ……(その若宮の奇怪な姿を見ているうちに、微笑する。その微笑の中に、はじめて、何か残忍な憎悪の影が差す)……殺す?
若宮 殺さないで下さいッ! 殺さないで――(叫んでいるうちに、手にふれた袋戸の中の物を引き出して、スラリと抜いて突き出している。道中差しの日本刀。黒いサヤから引き出された刀身がテラリと光ってブルブルふるえている)
須永 ……あぶないですよ、あの――
若宮 あぶ、あぶ、あぶ……(歯の根が合わない。刀を須永に向って突き出したまま、眼は裂けんばかりに見開いている)
浮山 若宮さん! 須永君!
須永 ……(フッと我れに返って。浮山を見て)あの、モモコさんどこでしょう?
浮山 モモコ? モモコは、さあ、……、塔の上
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