きのテーブルの上に置き、片脚を先きにソロソロとじゅうたんの上に降り立つ。それが、エモノを見附けたヒョウが、エモノへ向って音を立てないでしのび寄るようだ。困ってモジモジしはじめる須永)
若宮 (その間もつづけて)女たちはみんなおびえてしまった、ひとかたまりになってちぢみあがっていたが、その中で海千山千の、枕だこの出来たシタタカ者が二人ばかり、どういうわけか、眼の色を変えて、人殺しを追いかけまわしはじめた。(柳子の室では、須永に飛びかかりそうにしていた柳子が、その時、飛びかかるのとは反対に不意にグナリとなったかと思うと、ひっかけ結びにしていた博多の中はばの帯に指をかけて、キュウと音をさせて、バラリとほどく。次ぎに腰紐を。眼はまたたきもせず須永から離さない)血の匂いが良いのかねえ? 商売女の中にゃ、ほかの事じゃツンともカンとも感じねえ奴が、ロウソクのロウの焼ける匂いをかぐとトタンに、うわずっちまうのが居たりするからね。ヘヘ。しまいに両方から引っぱりっこで、兇状持ちも、めんくらったろうて。自分々々の部屋につれ込んで、酒を飲ましたり、かじり附いたり。一方が、一緒に心中してくれとくどくかと思うと、一方は金を拵えるから、それ持って逃げてくれと泣き出したり、いやはや! 狂ったのは男だか、女だか。(柳子の部屋では、その姿でソロソロとじゅうたんを踏んで須永に近づいて行く。須永はびっくりしていたのが、次第に恐怖の色を浮べ、後ろさがりにジリジリと入口の方へ)しまいに、男の方が、怖くなったのか浅ましくなったのか知らないが、二人の女を締め殺してしまったそうだがね。
柳子 (低いしゃがれた声で)あんた! 早く! 早く、あの!(むき出しの白い手を、須永の方へあげる。須永は後しざりをしていたが、ビクッとしてロを開けて声の無い叫び声をあげ、クルリと身をひるがえして、廊下の闇に消える。それを追いかけて行くような姿勢で廊下の奥を見こんでいる柳子。……そこでフッと真暗になって、場面は若宮の室だけになる。若宮の声は続いている)

     17[#「17」は縦中横] 若宮の室

若宮 ヘッヘヘ。ねえ、馬鹿な話ですよ。気ちがいじみた量見などサラリと捨てて、浮山君がああして首い長くして木の実の落ちてくるのを待っているんだからさ、いい加減にウンといってさ。
私 柳子さんと浮山君は、はじめ夫婦になる筈だったって?
若宮 ここの先代にゃ正妻に子が無いからね、今広島で死にかけてる大奥様の遠縁の浮山君と、大旦那の妾の子の柳子さんをめあわして、後をつがせる話になっていましたさ。途中、嫌って逃げたのは柳子さんでね、浮山はさんざんジレて、ジタバタして、あげくが自棄になって遊び出した。絵かきの仕事も放り出してね。さんざん女狂いをして、そこで立派な一かどの道楽もんが出来あがったと思った時には、まるであんた、当人腑抜けになっちゃってた。ヘヘ、相手が不感症で、片やが腑抜けだもの、商談なり申さず。
私 舟木さんは、すると、この家とどんな関係になっているの? たしか、元の此処の主人側のつながりが有ったし――?
若宮 またいとこか何かの子供ですよ。あれでやっぱり柳子さんにゃ気があるんだ。もっとも、柳子さんにゃ、広島の婆さんが死ぬと、此処の家の相続権が舞いこむからね、この家と柳子と、ソックリまるごと取り込みたいか。
私 まさか、君、そんな――
若宮 ヘヘヘ、此の家なんぞ、ただ見れば唯の家だが、こいでお化け屋敷ですよ。みんなお化けだ。あなたなんぞも、お化けの一人じゃありませんかね? どうです、あなたも、柳子と言う女に野心があるのと、違いまっか? ……(ジロリジロリと、立っている私の足の方から頭の方へ眼で撫でまわして)ならば、いっちょう、手を振って見ますかね? やって見ろ、やって見ろ、落ちると思ったら、どいつも此奴も振って見ろ。おさえる手筋はチャーンとおさえてあるんだ、ヘヘヘ、当ての無え先きものは買わねえんだ、はばかんながら此の若宮は! 五年前に芸者時分にチャーンと柳子の身体にゃ、わしが手をかけてある。ヘッ! こんだ落ちるとなったら、ひとり手に、狂って騒いで、あちこちといくらジタバタしたって、とどのつまりが私の手の中へ落ちないで、どこへ落ちるもんかね! 細工はりゅうりゅう! ハッパあチャーンとしかけてある、アッハ、アッハ!
私 ……(つかれたように喋りまくる相手を、自分に理解できない物を眺めるように眺めているうちに、次第に嫌悪と、次ぎに憎悪で睨みつけていたが、やがてプイと何も言わずに廊下へ立ち去って行く)
若宮 ……(チョイとそれを見送ってから、再びキョロキョロとあたりを見まわし)なにが、くそ! (ガサガサと又、紙幣や書類をカバンに詰めはじめる)
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(そこへ、私の去ったのとは反対の廊下か
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